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量子乱数CURBy、米NIST公開!予測不能が変える日本の未来

私たちの身の回りには「ランダムなもの」がたくさんあります。例えば、じゃんけんの出す手や、宝くじの当選番号、サイコロの目などもそうですね。これらは「予測できないこと」が大切で、公平な選択や、セキュリティを守る鍵になります。

しかし、「本当にランダムなもの」って、実はとても作成が困難です。私たちが普段コンピューターで使っている「乱数」は、実は「見かけだけランダムな数字」で、仕組みを知っている人には予測できてしまう可能性があります。パスワードが簡単に破られてしまうと困りますよね。

そんな中、アメリカの国立標準技術研究所(NIST)とコロラド大学ボルダー校の研究チームが、量子力学」という科学の究極的な不思議さを利用して、誰にも予測できない「真の乱数」を生み出す画期的なサービスを一般公開しました。その名も「Colorado University Randomness Beacon」(以下、CURBy)です。この技術が、私たちのデジタル社会のセキュリティや公平性を、根底から変えるかもしれません。

Quantum mechanics provide truly random numbers on demandというタイトルの記事は、この画期的なサービスについて詳しく報じています。

なぜ「真の乱数」が必要なのか?

従来の乱数の限界

私たちが普段コンピューターで使う「乱数」のほとんどは、「擬似乱数」と呼ばれるものです。これは、特定の計算ルール(アルゴリズム)と、最初の数字(シード値)が決まっていれば、次に来る数字を完璧に予測できてしまいます。まるで、タネを仕込んだマジシャンが、コイントスの結果を自由自在に操るようなものです。

NISTの物理学者であるクリスター・シャルム氏は、「真の乱数とは、宇宙の何者も事前に予測できないものです」と説明しています。たとえ自然現象から数字を取ってきたとしても、それが本当に予測不可能かどうかを証明するのは非常に難しいことでした。私たちのデジタル社会では、パスワードの作成、データ暗号化、公平な抽選など、さまざまな場面で「予測できないこと」が求められています。もし使われている乱数が予測できてしまうとしたら、セキュリティは簡単に破られ、抽選も公平とは言えなくなってしまいます。

アインシュタインも驚いた「量子力学の不思議」

かつて、かの有名な科学者アインシュタインは、「神は宇宙でサイコロ遊びをしない(自然界はランダムではない)」という言葉を残しました。しかし、その後の科学の発展により、アインシュタインの考えは間違っていたことが証明されました。

原子や電子といったミクロな世界の現象を扱う「量子力学」は、その成り立ちそのものが本質的にランダムなのです。サイコロやコンピューターのアルゴリズムとは違い、量子力学の世界では、次に何が起こるか予測できない「不確かさ」が根本原理として存在します。シャルム氏は、「もし神が宇宙でサイコロ遊びをするのなら、それは宇宙が許す限りの最高の乱数生成器になるでしょう」と語っています。研究チームは、まさにこの量子力学の特性を利用して、真の乱数を生み出すことに成功したのです。

量子力学が生み出す「宇宙最高のコイントス」CURBy

CURByとは何か?

NISTの研究者たちは、コロラド大学ボルダー校の協力のもと、CURByを開発しました。これは、量子力学の原理を使って「真の乱数」を自動で生成し、毎日ウェブサイトを通じて一般に公開するサービスです。この研究成果は、科学雑誌『Nature』にも掲載され、その科学的な重要性が認められています。

CURByの中心にあるのは、NISTが運用する「ベルテスト」と呼ばれる量子実験です。この実験が、予測不可能な「生の乱数」を生み出す「素材」となり、研究チームのシステムがこれを「精製」して、公開される乱数へと変換します。

量子の「もつれ」が乱数の源

ベルテストでは、「量子もつれ光子」と呼ばれる特殊な光子のペアを測定します。これらの光子は、どれほど遠く離れていても、互いの性質が深く関連し合っています。個々の光子の測定結果は完全にランダムなのですが、ペアとしての性質を見ると、古典物理学ではありえないほど強い関連性が見られ、これによって乱数の「真にランダムであること」を証明できるのです。アインシュタインは、この現象を「量子非局所性」、つまり「遠隔作用の不気味な行動」と呼びました。CURByは、この量子非局所性を乱数の源として利用する、初めての乱数生成サービスであり、これまでのどの乱数生成源よりも高い透明性を持っています。

シャルム氏は、「CURByは、証明可能な量子的な優位性(量子アドバンテージ)を持って運用される、初の公開サービスの一つです。これは私たちにとって大きな節目です」と述べています。「これらのランダムなビットの品質と起源は、従来の乱数生成器では不可能な方法で直接保証できるのです。」

難関を突破し、安定稼働へ

NISTは2015年に初めてベルテストを完全な形で実施し、量子力学が真にランダムであることを明確に示しました。そして2018年には、このベルテストを使って世界初の真の乱数源を構築する方法を確立しました。しかし、これらの量子の相関から乱数を生成する作業は、非常に困難を極めました。

NISTの最初のブレイクスルーとなるベルテストの実演では、わずか数時間の実行のために数ヶ月の準備が必要で、512ビットの真の乱数を生成するのに十分なデータを集めるだけでも、膨大な時間がかかっていました。そこで、シャルム氏とチームは過去数年間をかけて、実験装置を頑丈にし、自動で稼働できるように改良しました。その結果、CURByは安定して乱数を提供できるようになり、最初の40日間の運用では、7,454回の試行のうち7,434回、なんと成功率99.7%で乱数を生成することに成功しました。

このプロセスは、特殊な非線形結晶の中で量子もつれ光子のペアを生成することから始まります。光子は光ファイバーを介して、ホールの反対側にある別々の実験室へと送られます。光子が実験室に到着すると、その偏光(光の波の向き)が測定されます。これらの測定結果は、まさに「真の乱数」です。この作業は、毎秒25万回もの速さで繰り返されます。

NISTは、このようにして得られた数百万回もの「量子コイントス」の結果を、コロラド大学ボルダー校のコンピュータープログラムに送ります。特別な処理手順と厳格なプロトコルを用いて、量子もつれ光子の測定結果が、512ビットのバイナリコード(0と1の組み合わせ)の真の乱数に変換されます。その結果生み出される乱数は、アインシュタインでさえも予測できなかったであろう、まさに「宇宙最高のコイントス」と言えるでしょう。

透明性と信頼性を保証する「Twineプロトコル

ブロックチェーン技術の応用

NISTと共同研究者たちは、乱数生成プロセスのすべてのステップを追跡し、検証できるようにする技術も開発しました。それが「Twineプロトコル」と呼ばれる、新しい「量子互換性のあるブロックチェーン技術」です。このプロトコルにより、複数の異なる組織が協力して、ベルテストから得られた乱数を生成し、認証することが可能になります。

Twineプロトコルは、ビーコン(CURBy)の各データセットを「ハッシュ」と呼ばれるデジタル指紋でマークします。ハッシュは、ブロックチェーン技術で使われる暗号学的な機能で、データを特定の短い文字列に変換し、そのデータが改ざんされていないかを簡単に確認できるようにするものです。これにより、データがどのように生成されたか、その過程を誰もが検証できるようになります。

コロラド大学ボルダー校の研究助手であるジャスパー・パルフレイ氏は、「Twineプロトコルを使えば、どのユーザーでも各乱数の裏にあるデータを検証できます」と説明しています。このプロトコルは、他の乱数ビーコンもハッシュグラフに結合させることができ、誰もが貢献でき、かつ特定の誰か一人が支配することのない、広大な乱数のネットワークを構築することも可能です。

信頼のネットワークへ

これらのハッシュの鎖を絡み合わせることで、タイムスタンプとして機能し、ビーコンのデータを追跡可能なデータ構造へと連結します。これにより、セキュリティも向上し、Twineプロトコル参加者はデータの改ざんがあった場合にすぐにそれを発見できます。パルフレイ氏は「Twineプロトコルは、これらすべてのビーコンを信頼のタペストリーに織り込むことを可能にします」と付け加えています。

複雑な量子物理学の課題を公共サービスに変えるというこの研究は、プロジェクトの大学院生であるゴータム・カブーリ氏にとっても魅力的なものでした。すべてのプロセスがオープンソースで一般に公開されており、誰もが研究結果を検証できるだけでなく、このビーコンを基に独自の乱数生成器を構築することも可能です。

CURByは、陪審員の候補者選出、監査のためのランダムな選定、公共の宝くじによる資源の割り当てなど、独立した公開された乱数源が役立つあらゆる場所で活用できるでしょう。カブーリ氏は、「私は役立つものを作りたかったのです。これは基礎科学の最先端を行く素晴らしいものです。NISTは、野心的ながらも役立つプロジェクトを追求できる自由がある場所です」と語っています。

日本への影響と未来の展望

日本の社会や産業への示唆

まず、セキュリティ面での強化が挙げられます。現在、インターネットバンキングやオンライン取引など、多くのデジタルサービスで乱数がセキュリティの鍵となっています。もし、これらのシステムの根幹で「真の乱数」が利用できるようになれば、サイバー攻撃に対する耐性が格段に向上し、私たちの財産や個人情報がより安全に守られることになります。これは、デジタル化が進む日本にとって、非常に重要な基盤技術となるでしょう。

また、公平性への貢献も見逃せません。例えば、日本の宝くじやオンラインゲームのガチャなど、ランダム性が求められる場面は多岐にわたります。CURByのような真の乱数源を組み込むことで、これらの公平性が第三者にも証明できるようになり、より安心してサービスを利用できるようになるでしょう。これは、消費者からの信頼獲得にもつながります。

さらに、日本でも量子技術の研究開発が盛んに行われています。政府は「量子技術イノベーション戦略」を推進し、大学や企業が量子コンピューターや量子暗号などの研究を進めています。今回のCURByの成功は、量子力学の基礎研究が具体的な社会貢献に直結する素晴らしい事例であり、日本の研究者や企業にとっても大きな刺激となるでしょう。将来的に、日本独自の「真の乱数ビーコン」が構築されたり、CURByの技術が日本のインフラに統合されたりする可能性も考えられます。

ジャーナリストの視点から

今回の発表は、科学の基礎研究がいかに私たちの生活に役立つ具体的なソリューションを生み出すかを示す、好例です。量子力学という、かつては一部の専門家しか理解できないと思われていた深遠な学問が、「誰にも予測できない数字」という形で、私たちの日常的なセキュリティや公平性を支える可能性を秘めているのです。

「証明可能で追跡可能な乱数」というコンセプトは、これからのデジタル社会において非常に重要になります。データがどのように生成され、それが本当に信頼できるものなのか、透明性を持って検証できることは、偽情報が溢れる現代において、信頼の基盤を築く上で不可欠です。

今後、CURByのようなサービスが世界的に普及し、乱数生成のデファクトスタンダード(事実上の標準)となる可能性も考えられます。日本も、この最先端の技術動向に注目し、自国のデジタルインフラやセキュリティ戦略にどう取り入れていくかを検討していくべきでしょう。科学と技術が、私たちの社会をより安全で公平な場所へと導く力を秘めていることを、改めて教えてくれるニュースです。

まとめ

NISTとコロラド大学ボルダー校が開発した「Colorado University Randomness Beacon(CURBy)」は、量子力学の「不確かさ」を積極的に利用することで、誰にも予測できない「真の乱数」を生成し、一般に公開する画期的なサービスです。従来のコンピューターが生成する「擬似乱数」の限界を打ち破り、セキュリティや公平性の問題を根本から解決する可能性を秘めています。

特に、「量子もつれ光子」を用いたベルテストと、「Twineプロトコル」と呼ばれるブロックチェーン技術を組み合わせることで、生成された乱数の「真にランダムであること」を誰でも検証できる透明性と信頼性を実現しています。この技術は、サイバーセキュリティの強化、公平な抽選、さらには科学研究といった幅広い分野での活用が期待されます。

CURByは、基礎科学の最先端が、いかに私たちの社会に直接的な恩恵をもたらすかを示す素晴らしい例です。今後、このような「真の乱数」サービスが世界中で普及し、より安全で信頼性の高いデジタル社会の実現に貢献していくことが期待されます。私たちは、量子力学が拓く新たな可能性に、引き続き注目していく必要があるでしょう。