宇宙から届く不思議な電波、まるでSF映画のようですが、もしそれが、もう何十年も前に「死んでしまった」はずの人工衛星からだったら、どう感じるでしょうか?
そんな驚きのニュースが、最近、世界中の天文学者の間で話題になりました。2024年6月13日、オーストラリアの研究者たちが地球の軌道上から強力な電波パルスを観測したのですが、その発信源はなんと、1967年以降、音信不通だったNASAの古い人工衛星だというのです。この信じられないような発見について、今回は「Mysterious, Powerful Radio Pulse Traced Back To NASA Satellite That’s Been Dead Since 1967 - IFLScience」という記事をもとに、詳しくお伝えします。
「死んだ」衛星からの電波?謎のパルスを追う
観測された謎の電波パルスとは
オーストラリアのカーティン大学の研究者たちが運用するオーストラリアン・スクエア・キロメートル・アレー・パスファインダー(ASKAP)という大きな電波望遠鏡は、日々、宇宙から届くさまざまな電波を観測しています。2024年6月13日、彼らは宇宙から、わずか30ナノ秒(10億分の30秒という、まばたきよりもはるかに短い時間)という、強力な電波パルスを捉えました。
電波パルスというのは、電波の形で届く、短く強い光のような信号のこと。通常、宇宙から届くこのような強い電波パルスは、パルサー(高速で回転する中性子星)や、宇宙の遠くで起きる「高速電波バースト」といった、とてもエネルギーの大きな現象から来ることがほとんどです。しかし、今回の電波パルスは、深宇宙からではなく、地球の周りの軌道上から発せられていることが分析で判明しました。さらに、その発信源は、1967年以降「死んでいる」とされていた、NASAの古い人工衛星だったというから驚きです。
発信源は半世紀以上前の通信衛星
この謎の電波パルスの正体として浮上したのは、NASAが資金を提供し、RCA社が開発した実験的な通信衛星「リレー1号」と「リレー2号」のうちのどちらかでした。
リレー1号は1962年に打ち上げられ、アメリカから日本やヨーロッパへの初めてのテレビ放送中継を成功させた、歴史的な衛星です。当時のジョン・F・ケネディ大統領暗殺のニュースを伝えるなど、日米間の通信に大きな役割を果たしました。
リレー2号は1964年に打ち上げられましたが、1965年9月には運用を停止。その中継器(トランスポンダー)は1967年まで機能していたとされていますが、それ以降は、地球からの通信に応答することはなくなり、完全に「死んだ」状態だと考えられていました。
この半世紀以上も前に機能停止したはずの衛星から、なぜ今になって強力な電波パルスが発せられたのでしょうか。この疑問に対し、カーティン大学のClancy James氏らは、いくつかの可能性を考えています。
謎の電波パルス、その2つの可能性
1. 静電気放電(ESD)
一つ目の可能性は、「静電気」の放電です。私たちの身の回りでも、冬に乾燥した部屋でドアノブに触れたとき、「バチッ」と電気が走ることがありますよね。あれが静電気の放電、専門的にはESD(Electrostatic Discharge)と呼ばれます。人工衛星も宇宙空間を飛んでいる間に、太陽風や宇宙線などの影響で、少しずつ静電気が溜まっていくことがあります。
記事によると、過去にもアレシボ望遠鏡が、人工衛星のESDを観測した例があるそうです。アレシボ望遠鏡は、かつてプエルトリコにあった世界最大級の電波望遠鏡で、今は残念ながら崩壊してしまいましたが、その性能は素晴らしいものでした。今回の電波パルスは、これまでのアレシボ望遠鏡が観測したESDよりも非常に短かったものの、やはり衛星に溜まった静電気が、何らかのきっかけで一気に宇宙空間に放たれたのかもしれません。
2. 微小隕石の衝突によるプラズマ発生
もう一つの可能性は、「微小隕石」の衝突です。宇宙には、肉眼では見えないほど小さなチリや岩のかけらがたくさん漂っています。これを微小隕石と呼びます。これらが人工衛星にぶつかると、まるで高速で飛ぶ弾丸が壁に当たるように、ぶつかった場所の物質が一瞬にして高温になり、電気を帯びたガス、「プラズマ」を発生させることがあります。
記事では、数年前にソユーズ宇宙船に微小隕石が衝突し、宇宙飛行士が一時的に危険な状況に陥った事例が引き合いに出されています。このように、微小隕石の衝突によって発生したプラズマが、今回の電波パルスの正体である可能性も考えられます。
なぜ「死んだ」衛星が再び活動するのか?「ゾンビ衛星」の謎
今回のケースは原因が特定されたものの、宇宙には、長期間機能停止していたのに、まるで生き返ったかのように再び活動し始める「ゾンビ衛星」と呼ばれる人工衛星も存在します。これは、衛星が軌道を外れたり、バッテリーが故障したりして、地球から制御できなくなった後に、何らかの理由でシステムが自動的に再起動するなどの現象が起きるためです。
記事では、二つの「ゾンビ衛星」の例が紹介されています。
Galaxy 15:インテルサットという通信衛星企業が運用していた衛星で、2005年に打ち上げられました。2010年4月には制御不能になり軌道を外れてしまいましたが、同年12月、なんと自力で再起動し、インテルサットによって元の軌道に戻されました。
AMSAT-OSCAR 7:1974年11月に打ち上げられたアマチュア無線衛星です。1981年にバッテリー故障で運用を停止しましたが、2002年6月には約21年ぶりに通信を再開したという、驚くべき記録を持っています。まるで本当にゾンビのように蘇った衛星として、今も知られています。
今回のRelay 2は、「ゾンビ」というほど長期的に機能が回復したわけではありませんが、一瞬の電波パルスから、まるで「私はまだここにいるぞ!」とメッセージを送ってきたかのようにも思えますね。
これらの研究成果は、アストロフィジカルジャーナルという天文学の専門誌に掲載が決定しており、査読前の論文としてarXivで読むことができます。
日本への示唆と未来の宇宙開発
宇宙利用における安全性と課題
今回の発見は、私たち日本の宇宙開発にとっても重要な意味を持ちます。
まず、リレー1号がかつて日米間のテレビ中継という歴史的な役割を担ったように、宇宙は常に国際的な協力と技術革新の舞台でした。その中で、半世紀以上前の衛星から電波が発せられたという事実は、宇宙空間における人工物の管理の難しさ、特に「宇宙ゴミ」(スペースデブリ)問題の深刻さを改めて浮き彫りにします。
機能停止した衛星やその破片は、いつ何時、現役の衛星や宇宙船に衝突するかわかりません。今回の電波パルスが微小隕石の衝突によるものだった場合、それは今後の宇宙ミッションにおける微小隕石対策の重要性を示すでしょう。日本の人工衛星や、国際宇宙ステーション(ISS)での活動も、微小隕石による損傷のリスクに常にさらされています。JAXA(宇宙航空研究開発機構)などでも、この対策は喫緊の課題です。
また、静電気の放電による電波パルスの発生も、将来の宇宙機の設計において、より高度な静電気対策が必要であることを示唆しています。通信機器や精密機器が多い人工衛星にとって、思わぬ静電気の放電は故障の原因になりかねません。これは、日本の宇宙関連企業が衛星を開発する上でも、避けて通れない技術的な課題となるでしょう。
宇宙の謎解きと科学の進歩
今回の発見は、宇宙空間の複雑さを私たちに教えてくれます。
たとえ設計寿命を終え、機能停止したはずの人工物が、予期せぬ形で科学的な現象を引き起こすことがあるのです。Clancy James氏らの研究が進めば、静電気放電がどのように起こるのか、微小隕石の衝突がどんな電波パルスを発生させるのかが、より詳しくわかるようになるでしょう。
この知識は、今後打ち上げられる新しい衛星の設計に活かされ、宇宙での安全性を高めることに繋がります。また、宇宙から届く電波パルスの中から、本当に地球外生命や未知の天体からの信号を見分けるためにも、このような「人工的なノイズ」の発生源を理解することは不可欠です。
終わりなき宇宙の探求
「死んだ」はずのNASAの古い衛星から発せられた謎の電波パルスは、私たちに宇宙の奥深さと、科学の探求には終わりがないことを改めて示してくれました。
この小さな電波パルスが、実は静電気放電によるものなのか、それとも微小隕石の衝突によるものなのか、詳細な研究が進むことで明らかになるでしょう。そして、その知見は、宇宙空間における人工物の安全な運用や、将来の有人宇宙探査の実現に向けた大きな一歩となるはずです。私たちは、これからも宇宙から届く小さな信号の一つ一つに耳を傾け、その中に隠された大きな謎を解き明かしていくことになります。宇宙は、いつだって私たちの想像をはるかに超える驚きに満ちているのです。
