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量子コンピュータがRSA暗号を突破!日本のセキュリティはどうなる?

量子コンピュータが拓く新たなセキュリティの時代:私たちはどう備えるべきか

私たちが利用するインターネット通信の安全性は、量子コンピュータの登場によって、新たな時代を迎えています。Earth.comの報道によると、中国の研究チームが、量子コンピュータを用いて、これまで安全だと考えられていたRSA暗号の解読実験に成功したと発表しました。これは、私たちのデジタル生活全般に影響を及ぼしうる重要な技術的進展です。

量子コンピュータの画期的な能力と暗号解読の現実味

量子コンピュータの基本とRSA暗号への脅威

従来のコンピュータが0または1の「ビット」で情報を扱う一方、量子コンピュータ量子ビットという情報の基本単位を用い、その「重ね合わせ」や「量子もつれ」といった量子力学の原理に基づき、従来のコンピュータでは困難な計算を高速に実行します。

RSA暗号は1977年に登場して以来、インターネット上の安全な通信を支えてきた基盤技術であり、その安全性は大きな数の素因数分解の困難性に依拠しています。しかし、量子コンピュータは「ショアのアルゴリズム」と呼ばれる、整数論における素因数分解を効率的に行う量子アルゴリズムを用いることで、理論上RSA暗号を解読する能力を持つとされてきました。

中国の研究チームによるRSA暗号解読と新たな脅威の浮上

今回、中国の上海大学の王超氏と研究チームは、カナダのD-Wave Systems社製の量子アニーリングプロセッサを用いて、これまで同種のハードウェアでは解読が困難だった22ビットRSA整数素因数分解に成功したと発表しました。

研究チームは素因数分解最適化問題として再構築し、D-Wave Systemsのシステムで解読しました。

22ビットという鍵長は実用レベルに比して小さいものの、従来の量子アニーリングプロセッサにおける記録(最大19ビット)を上回り、少ない量子ビット数で効率的に問題を解いた点が注目されます。論文によると、計算モデルの調整によってノイズが低減され、正しい素因数を高頻度で見つけられるようになりました。これは、より大きな鍵の解読の可能性を示唆しています。

さらに、この研究チームは、現代の暗号で広く用いられる「SPN暗号」にも同じ手法を適用して解読に成功したと報告しています。研究チームは、この成果を「現在広く使われている複数のSPN構造アルゴリズムに対し、実用的な量子コンピュータが初めて重大な脅威をもたらした」と評価しており、量子コンピュータが多様な暗号システムに対して現実的な脅威となり得ることを具体的に示しました。

デジタル社会への広範な影響と「ハック・ナウ、ディクリプト・レイター」の脅威

今回の研究結果は、まだ初期段階ながら、将来強力な量子コンピュータが登場した際に、現在のインターネット通信の安全性が脅かされる可能性を示唆しています。オンラインバンキングやクレジットカード情報、企業の機密情報、国家間の外交文書など、多岐にわたる機密データが危険にさらされる恐れがあります。

Everest Groupのアナリストであるプラブジョット・カウル氏も、量子コンピュータの進展がデータセキュリティとプライバシーに深刻な脅威をもたらすと警鐘を鳴らしています。

特に懸念されるのが、「ハック・ナウ、ディクリプト・レイター」と呼ばれるものです。これは、現在暗号化された機密データを収集・蓄積し、将来強力な量子コンピュータが登場した際に一括で解読する攻撃シナリオを指します。医療記録、遺伝子情報、外交文書など長期的な機密性を要するデータを扱う組織は、早急な対策が求められます。

未来への備え:耐量子計算機暗号(PQC)の標準化と「暗号アジリティ」

こうした量子コンピュータの脅威に対応するため、世界各国で「量子計算機暗号(PQC)」と呼ばれる新しい暗号技術の研究開発と標準化が加速しています。PQCは、量子コンピュータによる攻撃に対しても安全であると考えられている暗号技術の総称です。米国国立標準技術研究所(NIST)は、この分野で主導的な役割を果たしており、2024年8月には、耐量子計算機暗号に関する最初の連邦標準としてFIPS 203, 204, 205を発表しました。これらには、CRYSTALS-Kyberのような新しい暗号アルゴリズムが含まれており、世界的に新しい技術への移行を促す重要な一歩です。

企業・組織が取るべき具体的なステップ

専門家たちは、企業や組織に対し、「cryptographic renewal」を数年がかりのインフラプロジェクトと捉え、早期に取り組むことを推奨しています。具体的には、以下のステップが挙げられます。

  1. 現状把握とリスクアセスメント:まず、自社のシステムでどのような暗号アルゴリズムが利用されているのかを正確に把握する監査を実施します。
  2. 移行計画の策定:現状を把握した上で、耐量子計算機暗号への移行計画を段階的に策定します。
  3. ハイブリッド方式の導入とテスト:全てのシステムを一度に移行することは難しいため、Open Quantum Safeのような耐量子計算機暗号に対応したライブラリをテスト導入したり、ハイブリッド方式(古典的な暗号と新しい暗号を組み合わせた方式)を採用したりすることが有効です。

また、将来の暗号技術の進化や新たな脅威に柔軟に対応するためには、「暗号アジリティ」の確保が不可欠です。これは、システム全体の大幅な改修なしに、暗号アルゴリズムを迅速かつ柔軟に切り替えられる能力を指します。この能力をシステムに組み込むことで、将来的な大規模なシステム改修コストを抑え、継続的なセキュリティ維持が可能となります。

私たち個人ができること

個人レベルでは、すぐにできることは限られますが、まずは量子コンピュータの影響を認識し、情報収集を続けることが重要です。利用しているサービス(銀行、オンラインショッピングサイトなど)が、将来のセキュリティ対策にどのように取り組んでいるかに関心を持つことも重要です。また、パスワードの使い回しを避け、多要素認証(二段階認証など)を活用するなど、基本的なセキュリティ対策を継続することも極めて重要です。

量子コンピュータ時代を見据えて:今後の展望と対策

今回の研究は、量子コンピュータによる暗号解読がもはや遠い未来の話ではなく、特定の分野で現実的な脅威となりつつあることを明確に示しました。特に、量子アニーリングプロセッサがRSA暗号素因数分解やSPN暗号の解読に応用された点は、汎用量子コンピュータとは異なるアプローチからもセキュリティリスクが広がる可能性を示唆しています。この成果は、現代の暗号技術に対する量子コンピュータの脅威を一層浮き彫りにし、耐量子計算機暗号(PQC)への移行を加速させるでしょう。

未来のデジタル社会の安全を確保することは、喫緊の課題となっています。企業・組織は、耐量子計算機暗号(PQC)への移行を多段階のインフラプロジェクトと捉え、既存システムへの影響を最小限に抑えつつ、継続的なセキュリティ強化と暗号アジリティの確保に注力すべきです。

個人においては、基本的なサイバーセキュリティ対策を徹底するとともに、量子コンピュータ時代に合わせたサービスの進化に関心を持ち続けることが、デジタル資産を守る上で不可欠となります。私たちは、この大きな技術的転換期において、変化に柔軟に対応し、未来志向でセキュリティ対策を講じていく必要があります。