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「ねじれ三層グラフェン」が量子技術を加速!日本への期待も

グラフェンの未来を拓く!ねじれ三層グラフェンがもたらす量子技術の新展開

「すごい新素材」や「世紀の大発見」といったニュースに、ワクワクした経験はありませんか?最近、私たちの未来を大きく変えるかもしれない、とても興味深い研究が発表されました。炭素原子のシートであるグラフェンを特殊な方法で重ね合わせた「ねじれ三層グラフェン」という物質が、量子技術の鍵となる「高い運動インダクタンス」と「量子コヒーレンス」という特別な性質を持つことが明らかになったのです。

この記事では、最先端の研究成果を解説したニュース「Twisted trilayer graphene shows high kinetic inductance and quantum coherence」をもとに、ねじれ三層グラフェンがなぜ注目されているのか、そして将来どのような技術につながる可能性があるのかを、わかりやすくご紹介します。

ねじれ三層グラフェンってなに? その特別な性質とは?

グラフェンって聞いたことある?

まず、この研究の主役である「グラフェン」について簡単にご説明します。グラフェンは、炭素原子がハチの巣のように六角形に並んだ、原子一層ぶんの非常に薄いシート状の物質です。紙のようにしなやかでありながら、強度は鉄の約200倍とも言われ、電気も非常によく通すことから「魔法の素材」と呼ばれることもあります。

今回の研究では、このグラフェンを3枚重ねた「三層構造」を使います。さらに重要なのが、重ねる際に各層を特定の角度で「ねじって」いる点です。この「ねじり」こそが魔法の鍵で、特定の角度(研究では「マジックアングル」と呼ばれ、約1.1度というごく僅かな角度です)で重ね合わせることで、グラフェンにこれまで知られていなかった全く新しい性質が生まれるのです。

なぜ「ねじり」が大切なの?

トランプを重ねるとき、まっすぐ揃えるのと少しずつずらして重ねるのでは、見た目も感触も変わりますよね。それと同じように、グラフェンのシートを特定の角度でねじって重ねると、原子同士の電気的な相互作用(互いに影響しあう力)が劇的に変化します。このわずかな違いが、グラフェンに驚くべき能力をもたらすのです。

二つの特別な性質:「運動インダクタンス」と「量子コヒーレンス

今回の研究で特に注目されているのが、ねじれ三層グラフェンが持つ「運動インダクタンス」と「量子コヒーレンス」という二つの性質です。

  • 運動インダクタンスとは? 「運動インダクタンス」とは、電気を流そうとしたときに、電流の変化に対して生じる「抵抗」のことです。重たい台車を押すとき、力を加えてもすぐには動き出さず、少し遅れて動き出す「慣性」のようなものと考えるとイメージしやすいでしょう。このねじれ三層グラフェンは、運動インダクタンスが他の超伝導材料に比べて約50倍も大きいことが判明しました。この性質は、後述する量子技術への応用で非常に重要になります。

  • 量子コヒーレンスとは? 「量子コヒーレンス」は、原子や電子といったミクロな世界の粒子(量子)が、まるで一つのチームのように足並みをそろえて振る舞う状態を指します。オーケストラの演奏で、多くの楽器が指揮者のもとで調和し、一つの美しい音楽を奏でる様子に似ています。量子コヒーレンスが高い状態を長く保てることは、量子コンピューターのような最先端の「量子技術」を実現するために不可欠な条件なのです。

このように、ねじれ三層グラフェンは、単なる新物質というだけでなく、重ね方を工夫することでユニークかつ強力な能力を発揮する、非常に興味深い材料と言えます。

この研究の何がすごい?超伝導の新たな扉を開くか

今回の研究は、物理学の大きな謎の一つである「超伝導」の解明に向けて、新しい扉を開く可能性を秘めています。それは、長年謎に包まれてきた「非従来型超伝導」の仕組みを理解するための、新たな手がかりと実験手法を提供した点にあります。

超伝導の二つの顔:「従来型」と「非従来型」

超伝導には、大きく分けて二つのタイプがあります。一つは「従来型超伝導」で、これは電子と物質内の原子の振動(フォノン)が相互作用することで起こり、多くの物質で確認されています。

一方、今回のねじれ三層グラフェンで見られるのは「非従来型超伝導」と呼ばれるタイプです。これは電子同士の複雑な相互作用が原因と考えられていますが、その詳細なメカニズムはまだ完全には解明されていません。まるで、普段は静かな人が、特定の条件下で驚くべき力を発揮するような、神秘的な現象なのです。

マジックアングルグラフェンからの飛躍

グラフェンを用いた超伝導研究は、2018年にMITのPablo Jarillo-Herrero氏のチームが、2枚のグラフェンをマジックアングルで重ねた物質で非従来型超伝導を発見したことから大きく進展しました。今回の研究は、この発見をさらに発展させたものです。

研究チームは、グラフェンを3枚重ねてねじった「ねじれ三層グラフェン」を使い、その性質を調べるために非常に巧妙な実験を行いました。

ジョセフソン接合を用いた実験の秘密

彼らは、超伝導体の性質を調べるために「ジョセフソン接合」という特殊な構造のデバイスを利用しました。具体的には、超伝導体(S)の電極の間に、調査対象であるねじれ三層グラフェン(S')を挟んだ「S-S'-Sデバイス」です。これを、間に普通の金属(N)を挟んだ「S-N-S接合」と比較測定することで、ねじれ三層グラフェン超伝導状態の性質を精密に明らかにできます。

運動インダクタンスと臨界電流の関係から見えたもの

この実験で特に注目されたのが、「運動インダクタンス」と「臨界電流(りんかいでんりゅう)」の関係です。臨界電流とは、超伝導状態が壊れずに流せる電流の最大値のこと。研究チームは、運動インダクタンスが大きいほど臨界電流は小さくなるという「逆相関」があることを見出しました。

この関係から、超伝導を引き起こす電子対(クーパー対)のサイズを示す「コヒーレンス長」という重要な値を導き出すことに成功しました。この結果は、ねじれ三層グラフェンが、既知の超伝導体とは異なるユニークなメカニズムを持つ可能性を示唆しています。

この研究がもたらした大きな進歩

今回の研究のすごさは、単に新しい物質の性質を見つけただけでなく、以下の点で大きな進歩をもたらしたことです。

  • 運動インダクタンスの新たな測定方法を確立したこと
  • 非従来型超伝導のメカニズム解明に強力なツールを提供したこと

この成果は、長年科学者を悩ませてきた「非従来型超伝導」の謎を解き明かすための、重要な一歩となるかもしれません。

私たちの未来はどう変わる?量子技術への応用と日本の可能性

ねじれ三層グラフェンが持つ「高い運動インダクタンス」や「量子コヒーレンス」は、私たちの未来を大きく変える「量子技術」の分野で重要な役割を果たすと期待されています。

量子技術を加速する「運動インダクタンス」

高い運動インダクタンスを持つ超伝導体は、将来の先端技術に不可欠な存在となり得ます。

  • 光子検出器(ひかりをうけとるきかい): 医療用の画像診断や宇宙観測で使われる、微弱な光を検知するセンサーです。この材料を使えば、性能を飛躍的に向上させられる可能性があります。
  • 量子コンピューターの「量子ビット(りょうしびっと)」: 次世代コンピューターの基本単位です。高い運動インダクタンスを持つ超伝導体は、量子ビットを安定して効率的に制御するための有力な材料候補となります。
  • 高感度センサー: 微弱な磁場や重力を測定するセンサーなど、新しいタイプの計測技術への応用が期待されます。

ねじれ三層グラフェンの「調整可能な性質」という強み

特にねじれ三層グラフェンが優れているのは、ゲート電圧をかけることでその性質を細かく調整(チューニング)できる点です。これにより、様々な量子デバイスの目的に合わせて最適な性能を引き出すことが可能になり、開発の自由度が格段に高まります。

日本のグラフェン研究と未来への期待

実は、日本でもグラフェン研究は約20年前から活発に行われており、多くの大学や研究機関で成果が積み重ねられてきました。今回のような新しい発見は、そうした長年の基礎研究の土台があってこそです。

日本が得意とする精密な実験技術や材料開発のノウハウを活かせば、この分野で世界をリードし、医療、情報通信、エネルギーといった様々な分野で私たちの生活を豊かにする革新的な技術を生み出すことが期待できます。

科学の探求心が未来を創る:この発見が意味するもの

今回のねじれ三層グラフェンに関する研究は、基礎科学の探求がいかに私たちの未来を切り拓くかを示す、素晴らしい一例です。これまで解明が難しかった「非従来型超伝導」のメカニズムに新たな光を当てただけでなく、今後の材料研究で強力な武器となる新しい測定手法も確立しました。

この研究で示された、特性を細かく調整できる「チューナブル性」は、将来の量子デバイス開発において大きなアドバンテージとなります。日本の得意とする精密なものづくり技術を活かせば、この分野で世界をリードすることも夢ではありません。

SFの世界のようだった量子技術が、少しずつ現実のものになろうとしています。一つの物質の「ねじり方」を変えるという純粋な探求心が、壮大な未来への扉を開きました。この研究は、基礎研究の成果がいかに私たちの生活を豊かにするイノベーションにつながるか、その希望を力強く示しているのです。