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ネアンデルタール人DNAが自閉症と関連?数万年前の遺伝子が脳機能に影響する可能性

皆さんは、自分の中に遠い昔の祖先のDNAが眠っているとしたら、どう思いますか? 実は、私たち現代人の中には、絶滅したネアンデルタール人の遺伝子の一部が受け継がれていることがわかっています。科学ニュースサイトEarth.comの「Scientists link autism to Neanderthal DNA found in modern humans」によると、この古代の遺伝子の一部が、身近な「自閉スペクトラム症ASD)」と関連している可能性を示唆する、興味深い研究が発表されました。

この研究は、ネアンデルタール人のDNAが現代人の脳機能、特に自閉症に関連しうる「視覚処理回路」や「デフォルトモードネットワーク」にどう影響し、私たちの認知にどのような違いをもたらすのかを詳しく解明するものです。遠い過去の出来事が、現代を生きる私たち自身の理解につながる、まさに驚きの発見と言えるでしょう。この記事では、この最新の研究結果をわかりやすく解説します。

ネアンデルタール人のDNA、私たちの中に眠る太古の記憶

私たちの祖先であるホモ・サピエンスがアフリカを出て、ヨーロッパとアジアを合わせた広大な大陸であるユーラシアへと旅立ったのは、今から約5万〜6万年前のことと言われています。その旅の過程で、すでにユーラシア大陸に住んでいたネアンデルタール人と出会い、両者の間で遺伝子交換を伴う「交雑」が起きました。

約5万年前の「出会い」が刻んだ遺伝子の痕跡

この交雑によって、現代人の遺伝情報全体、すなわちヒトゲノムの中に、ネアンデルタール人由来のDNAが紛れ込むことになりました。現在の研究では、ユーラシア大陸にルーツを持つ人々のゲノムの約2%が、ネアンデルタール人に由来すると推定されています。この遺伝子の痕跡は、その後の人類の移動によって、アフリカ大陸を含む世界中の人々にも、ごくわずかながら受け継がれています。

つまり、地球上のほとんどの人が、まるで太古からのメッセージのように、ネアンデルタール人の遺伝子をその体に宿しているのです。

生存の武器にもなった古代の遺伝子

ネアンデルタール人から受け継いだDNAは、私たちに様々な影響を与えています。例えば、ネアンデルタール人由来の特定の遺伝子変異(「ネアンデルタール人アレル」と呼ばれます)は、免疫システムを強化したり、酸素の薄い高地での生活を助けたりするなど、私たちの祖先が新しい環境に適応する上で有利に働いた可能性が指摘されています。

しかし、受け継いだ遺伝子のすべてが有益だったわけではありません。特に、脳の働きに関わる遺伝子は非常に繊細で、私たちの体の仕組みにうまく適合しなかったものは、自然淘汰によって次第に数を減らしていきました。それでもなお、一部の遺伝子は脳機能に関わる領域に残り、現代人の多様な特性に影響を与え続けています。

自閉症とのつながり:脳の働きに隠された古代のサイン

ネアンデルタール人から受け継いだ遺伝子の一部は、現代人の健康や認知に影響を与えていると考えられています。特に、米国サウスカロライナ州のクレムソン大学やイリノイ州ロヨラ大学の研究者たちによる最近の研究では、ネアンデルタール人DNAの一部が自閉スペクトラム症ASDと関連している可能性が示唆されています。

彼らは、自閉症のある人とない人のゲノムを詳しく比較し、自閉症のある人の方が、特定のネアンデルタール人由来の遺伝子変異を多く持っていることを発見しました。

脳の「回路」に隠された手がかり

この研究で特に注目されたのは、脳の活動パターンへの影響です。ネアンデルタール人由来の遺伝子変異を持つ人々では、以下のような脳活動の変化が見られました。

  • 視覚処理回路の活動増加: 目から入る情報(形、色、動きなど)を脳内で認識・解釈する神経回路です。この回路の活動が活発になることで、細部への強いこだわりや、パターンを正確に認識する能力が高まる可能性があります。
  • デフォルトモードネットワーク(DMN)の活動低下: 脳が特定の課題を行っておらず、ぼんやりと休息している時に活性化する神経ネットワークです。この活動が低下することで、社交的な場面での情報処理や、内省的な思考に違いが生じることが考えられます。

fMRIが捉えた脳の活動パターン

この研究では、機能的MRIfMRI)という、脳の活動をリアルタイムで可視化する技術も用いられました。fMRIは、脳が活動する際に血流が増加する現象を捉え、脳のどの部分が活発に働いているかを詳しく調べることができます。その結果、特定のネアンデルタール人由来の遺伝子変異を持つ人は、そうでない人と比べて視覚に関する脳領域の活動がより強く、一方でDMNに関連する領域の活動は穏やかであることが確認されました。

これは、私たちの脳の働き方が、数万年前の祖先とネアンデルタール人との交雑によって受け継がれた遺伝子の影響を受けている可能性を示唆しています。

石器職人の技と重なる「強み」

興味深いことに、ネアンデルタール人が用いた「ルバロア技法」という石器製作技術と、自閉症特性を持つ人々の強みとの間には類似性が指摘されています。この技法は、石の塊をあらかじめ整形し、一回の打撃で狙い通りの形の石器を作るもので、高度な計画性、空間認識能力、そして集中力を要します。これは、細部にこだわり、計画的に物事を進めることに長けている自閉症のある人の特性と重なる点があります。

この研究結果は、ネアンデルタール人の遺伝子が自閉症を直接引き起こすというものではありません。しかし、これらの古代の遺伝子が、私たちが持つ多様な特性の一部を形作り、自閉症のような状態が現れる確率に影響を与えている可能性を示しています。

「みんな違ってみんないい」:ニューロダイバーシティという新しい視点

この研究は、自閉スペクトラム症ASD)を単なる「現代の異常」としてではなく、人類の進化の歴史の中で育まれた「多様性」の一部として捉え直す、新たな視点を与えてくれます。ここで重要となるのが、「ニューロダイバーシティ(神経多様性)」という考え方です。

人類の混合遺産としての「個性」

ニューロダイバーシティとは、脳や神経の働き方の違いを、病気や障害としてではなく、人間が持つ個性の一つとして尊重しようという概念です。私たちがネアンデルタール人と交雑したという事実は、この「混合遺産」が、私たちの認知、つまり物事の考え方や感じ方に、想像以上の豊かさをもたらしている可能性を示唆しています。

ネアンデルタール人の遺伝子によってもたらされたかもしれない論理的思考や細部へのこだわりといった特性は、特定の環境下では生存や適応に有利な「強み」でした。その「強み」の一部が現代人に受け継がれ、特に自閉症のような多様な認知特性を持つ人々の中で、優れた能力として発揮されているのかもしれません。

「違い」を才能として活かす社会へ

ニューロダイバーシティという考え方は、日本でも少しずつ広がりを見せています。自閉症だけでなく、ADHD(注意欠陥・多動性障害)などの発達特性を持つ人々が、その能力を最大限に発揮できる社会を目指す動きが生まれています。

今回の研究結果は、自閉症のある人々の持つユニークな認知スタイルや才能が、人類の進化という壮大な物語の一部である可能性を示唆しています。これは、私たち一人ひとりが持つ「違い」を肯定的に捉え、社会全体でその多様性を活かしていくことの重要性を改めて教えてくれます。

記者の視点:この発見が日本の「当たり前」をどう変えるか

今回の研究は、科学的な興味深さだけでなく、私たちの社会のあり方に大きな問いを投げかけているように感じます。特に、「みんなと同じ」であることが重視されがちな日本の社会において、この発見は重要な意味を持つのではないでしょうか。

日本の画一的な教育システムや、協調性を重んじる企業文化は、優れた側面を持つ一方で、突出した個性やユニークな才能を見過ごし、埋もれさせてしまう危険性をはらんでいます。強いこだわりや、人とは少し違うコミュニケーションのスタイルは、時に「問題」や「修正すべき点」として捉えられがちです。

しかし、今回の研究は、そうした「違い」が、人類が数万年かけて受け継いできた「遺産」であり、特定の状況下では「強み」として輝く可能性を科学的に示唆しています。これは、強い同調圧力の中で生きづらさを感じている人々にとって、大きな勇気となるでしょう。

企業がダイバーシティインクルージョンを推進する上でも、これは単なるスローガンに留まりません。個々の認知特性を「才能」として捉え、その能力が最大限に活かせる業務や環境を提供する。そうした具体的な戦略こそが、少子高齢化が進む日本で新たなイノベーションを生み出す鍵になるのかもしれません。

私たちの内に眠る古代の叡智:多様性を力に変える未来へ

今回の研究は、私たちの足元、まさに自分自身の体の中に、壮大な人類の物語が眠っていることを教えてくれました。この発見を、私たちはこれからどのように活かしていけばよいのでしょうか。

進化の物語として捉え直す「個性」

今後の研究では、自閉症だけでなく、ADHDなど他の発達特性と古代人の遺伝子との関連も、さらに解明されていくかもしれません。重要なのは、こうした発見を「特定の遺伝子が特定の状態を引き起こす」という単純な遺伝子決定論で捉えないことです。遺伝子はあくまで設計図の一部であり、環境や経験との複雑な相互作用の中で、私たちの「個性」は形作られていきます。

この研究が与えてくれる最も大きな贈り物は、自閉症を含む様々な人間の特性を、「異常」や「欠陥」ではなく、人類が進化の過程で紡いできた多様性の物語の一部として捉え直す視点です。かつて生存の武器であった特性が、現代社会ではユニークな才能として花開く可能性があるのです。

これから私たちができること

この視点は、私たちの日常にも変化をもたらすはずです。自分や他人の「少し変わっているな」と感じる部分。それはもしかしたら、数万年前の祖先から受け継いだ、貴重な才能のかけらかもしれません。

「違い」を直ちに否定するのではなく、その背景にあるかもしれない物語を想像し、尊重し合うこと。一人ひとりのユニークな能力が、社会にとってかけがえのない財産であると認識すること。それこそが、今回の科学的な発見から私たちが受け取るべき、最も大切なメッセージではないでしょうか。

太古の記憶を未来の力へ。私たちの多様性を認め合い、活かし合う社会を築くための挑戦は、まだ始まったばかりです。