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AIが生物進化を加速!新薬開発を変える「生物学的AI」PROTEUSとは?

AI(人工知能)が私たちの生活に欠かせない存在となる中、その技術が「生物」の世界にも応用され、分子の設計や進化を自律的に行う「生物学的AI」が開発されました。このSF映画のような技術は、オーストラリアの研究者たちが開発した画期的なシステム「PROTEUS(プロテウス)」です。自然の進化プロセスをラボ内で加速させ、従来は数年から数十年かかっていた分子の設計を劇的に短縮します。

本記事では、この研究を紹介したニュース「Scientists create biological 'artificial intelligence' system」をもとに、PROTEUSの仕組みと、新薬や遺伝子治療の開発を加速させる可能性について探ります。

「生物学的AI」PROTEUSとは?――進化を加速させる新技術

PROTEUS」は、オーストラリアの科学者たちが開発した、知能を持つかのように分子の設計や進化を自律的に行う「生物学的AI」研究システムです。このシステムの最大の画期性は、従来の細菌ではなく、ヒトの細胞に近い「哺乳類細胞」の内部で直接、分子を進化させられる点にあります。

PROTEUSの核となるのは、「指向性進化」という技術です。これは、自然界の進化の仕組みを実験室で再現し、目的の機能を持つ分子を人工的に作り出す手法で、その重要性から2018年にはノーベル化学賞が授与されました。PROTEUSはこの進化プロセスを驚異的に加速させ、通常は何年もかかる作業をわずか数週間に短縮します。

このシステムは、AIが膨大なデータから答えを導き出すように機能します。例えば「病気の原因となる遺伝子の働きを効率よく止めるには?」といった難題に対し、自然界には存在しない数百万通りの分子候補を生成・検証し、最適なものを自律的に探し出すのです。

この研究は、シドニー大学のチャールズ・パーキンス・センターが主導し、センテナリー・インスティチュートなども共同研究機関として参加。その成果は、権威ある学術雑誌『Nature Communications』に掲載されました。

PROTEUSの仕組みと具体的な成果

PROTEUSは、パワフルな技術を哺乳類細胞内で安定して動作させるため、独自の工夫が施されています。その仕組みと、すでに得られている具体的な成果を見ていきましょう。

進化が迷走しないための監視役「キメラウイルス様粒子」

哺乳類細胞内で分子を進化させる最大の課題は、システムが「不正解」、つまり本来の目的とは違う、より簡単な(しかし望ましくない)解決策を見つけてしまうことでした。チャールズ・パーキンス・センターのクリストファー・デネス博士が率いる研究チームは、この課題を解決するために「キメラウイルス様粒子」という独創的な技術を用いました。これは、あるウイルスの「殻」と、進化させたい遺伝情報を持つ別のウイルスの「中身」を組み合わせた、感染能力を持たない特殊な粒子です。この「監視役」が進化のプロセスを正しく導くことで、システムの安定性を劇的に高めることに成功しました。

医療の未来を拓く分子たち

この革新的なシステムによって、すでに具体的な成果が生まれています。例えば、薬によって働きを簡単に調節できる改良型タンパク質の開発に成功しました。さらに、がんの原因ともなる「DNA損傷」を正確に検知できる、抗体のミニバージョンである「ナノボディ」も作り出しています。これらの成果は、PROTEUSが複雑な生物学的課題に対し、革新的な解決策を見つけ出す能力を持つことを示しています。

医療の未来をどう変えるか――新薬開発へのインパク

PROTEUSのような「生物学的AI」は、私たちの健康や医療のあり方を根本から変える可能性を秘めています。

特に期待されるのが、新しい医薬品、とりわけ「mRNA医薬品」や「遺伝子治療」の分野です。新型コロナウイルスのワクチンで広く知られるようになったmRNA医薬品ですが、PROTEUSを使えば、体の特定の細胞にだけより正確に作用する、次世代の強力な医薬品を開発できる可能性があります。また、CRISPR(クリスパー)に代表される遺伝子編集技術の精度向上にも貢献が期待され、これまで治療が難しかった病気への新たな道が拓けるかもしれません。

将来的には、PROTEUSのような技術が、AIによる画像生成のように、医療研究開発の標準的な手法となる可能性があります。日本でもiPS細胞やゲノム編集など世界をリードする研究が進んでおり、こうした海外発の新しいツールと連携することで、さらなるイノベーションが生まれることが期待されます。

記者の視点:進化の設計図をAIに託すことの意味

PROTEUSの登場は、単なる技術的進歩以上の意味を持っています。これは、生命科学研究における人間とAIの「役割分担」が根本的に変わる可能性を示唆しているからです。

「答え」だけを生み出す技術への期待と懸念

PROTEUSは、人間が思いもよらない複雑な課題に対し、最適な分子という「答え」を導き出します。これは難病治療への大きな希望ですが、一方で、その思考プロセスが完全には見えない「ブラックボックス」という側面も持ちます。なぜその分子が最適なのかを人間が100%理解できないまま、その恩恵を受ける時代が来たとき、私たちはその「答え」をどう検証し、信頼するのか。これは、科学だけでなく社会全体で考えていくべき新しい課題です。

技術の「オープン化」が持つ価値

この研究で特筆すべきは、共同責任著者であるシドニー大学のグレッグ・ニーリー教授らが、PROTEUSの技術を「オープンソース」として公開している点です。これにより、特定の企業や国がこの強力な技術を独占するのではなく、世界中の研究者が利用し、改良できます。この開かれた姿勢は、技術の民主化を促し、より速いペースで多くの人々が恩恵を受けられる未来につながるでしょう。同時に、世界中の目で監視されることで、技術が倫理的な枠組みの中で責任を持って使われることへの期待も高まります。

PROTEUSが拓く未来:医療の進化と私たちの役割

PROTEUSは、研究者の役割を「設計者」から、進化の方向性を指し示す「問いを立てる者」へと変える、新しい時代の到来を告げています。私たちは今、生命の進化という根源的なプロセスに、AIというパートナーと共に挑む入り口に立っているのです。

この技術の真価が問われるのは、研究室の壁を越え、製薬企業などの開発現場で実際に活用され始めたときでしょう。注目すべきは、単に新薬が生まれることだけではありません。「これまで創薬のターゲットにすらできなかった」ような難病に対する、全く新しいアプローチが生まれる可能性です。

未来の技術が現実となり、私たちの健康や命のあり方を変えようとしています。こうした技術の進歩を「難しい科学の話」として遠ざけるのではなく、その光と影の両面を理解し、社会としてどう向き合っていくかを考えること。それが、未来の医療をより良いものにするために、私たち一人ひとりにできることなのかもしれません。