健康診断で必ず測る「血圧」。日頃から数値を気にしている方も多いのではないでしょうか。そんな血圧管理の常識を覆すかもしれない、新しいデバイスが登場しました。スイスのヘルステック企業Aktiiaが開発した、腕にカフ(空気袋)を巻かずに手首で血圧を測れるウェアラブル血圧計です。
この画期的なデバイスは、このほど米国食品医薬品局(FDA)から市販(OTC)の医療機器として承認を取得しました。このニュースは、海外メディアの「Aktiia gets FDA clearance for OTC cuffless blood pressure monitor」でも報じられています。本記事では、この新しい血圧計の仕組みと、私たちの健康管理に与えるインパクトについて解説します。
「いつでも手軽に」を実現するAktiiaの技術
「カフを巻くのは面倒」「気軽に血圧を測りたい」といった悩みに応えるのが、Aktiiaのデバイスです。同社は、世界中の人々が直面する「高血圧危機」という公衆衛生上の課題に対し、革新的な技術で貢献することを使命としています。
このデバイスの最大の特徴は、従来の血圧計と違い腕にカフを巻き付ける必要がない「カフレス血圧計」である点です。スマートウォッチのように手首に装着するだけで、継続的な血圧モニタリングが可能になります。
その秘密は、搭載された光学センサーと「脈波解析」という先進技術にあります。これは、心臓の拍動によって血管を伝わる圧力の波(脈波)の形状や速度を光学センサーで捉え、血圧値を推定する技術です。この仕組みにより、利用者はいつでもどこでも、身体的な負担なく自身の血圧データを収集できます。
さらに、Aktiiaの技術は「CALFREE」と名付けられており、定期的な校正(キャリブレーション)が不要という利便性も備えています。従来の血圧計は正確性を保つために定期的な調整が必須でしたが、その手間がなくなることで、より手軽で信頼性の高いデータ活用が期待されます。
FDA承認が示す信頼性とグローバルな展望
Aktiiaの血圧計が、医師の処方箋なしで購入できる市販(OTC)製品としてFDA承認を得たことは、画期的な出来事です。これは、一般の消費者が専門家の助けなしに、自宅で安全かつ効果的に使用できる品質と信頼性を持つことが、科学的に証明されたことを意味します。
共同創業者兼CTOのDr. Josep Solàは、「今回の承認は、テクノロジーを通じて世界的な高血圧危機に取り組むという私たちの使命において、非常に重要な瞬間です」と述べています。また、CEOのDr. Mattia Bertschiは、「この承認は、私たちのソリューションが安全で使いやすいことを証明しています。カフレスでウェアラブルな市販の血圧モニタリングが、まもなく世界標準になると信じています」と、そのビジョンを語りました。
この承認を足がかりに、Aktiiaは自社の技術が血圧管理の「グローバルスタンダード」になる未来を見据えています。血圧測定が日常生活に溶け込むことで、高血圧の早期発見や個別化されたケアが促進され、世界的な健康課題の解決に大きく貢献することが期待されます。
世界の動向と日本における血圧管理の未来
Aktiiaが米国でFDA承認を得たことは、日本を含む世界の血圧管理のあり方にも影響を与えるでしょう。
同社はその技術力で市場から高い評価を得ており、2025年5月にはシリーズB資金調達で4200万ドル(約61億5775万8000円)を確保し、累計調達額は1億ドル(約146億6133万0000円)を超えています。
また、ヨーロッパではすでに、製品がEUの安全基準を満たしていることを示すCEマークを取得済みで、中程度のリスクを持つ「Class IIa医療機器」として認められています。
日本でも、スマートウォッチなどで健康データを記録する習慣が広まりつつあります。現在は心拍数や睡眠時間の記録が主流ですが、将来的には血圧も手軽に測れるようになるかもしれません。Aktiiaのような技術が国内で普及すれば、病院に行かずとも日常的に血圧を把握でき、高血圧の早期発見や重症化予防につながります。これは、高齢化が進む日本において、健康寿命を延ばし、医療費を抑制する上でも重要な意味を持ちます。
これまで「測るための機器」だった血圧計が、これからは「日々の健康状態を教えてくれるパートナー」へと進化する可能性があります。テクノロジーの進化が、私たちの健康管理にどのような恩恵をもたらすのか、今後の展開から目が離せません。
記者の視点:データが変える「健康」の常識
Aktiiaの登場は、単なる便利な新製品のニュースにとどまりません。これは、これまで専門家の領域だった「健康データ」が私たち個人の手に渡り、主体的に健康を管理する「健康の民主化」時代の幕開けを象徴しています。
手首のデバイスが24時間健康を見守ることで、私たちは自身の体をより深く理解し、病気の兆候を早期に発見できるかもしれません。日々の生活習慣が体に与える影響が「見える化」されれば、より良い選択をするための強力なツールとなるでしょう。
一方で、常にデータが見えることは新たな課題も生みます。些細な数値の変動に一喜一憂し、かえって不安になる「データ不安」です。だからこそ、これからのデバイスには、単に数値を表示するだけでなく、データが何を意味し、どう行動すればよいかを分かりやすく示唆してくれる、賢いパートナーとしての役割が求められます。
AIが織りなす未来:期待と課題
Aktiiaの新しい血圧計は、私たちの健康管理を「たまに意識して測る」特別な行為から、「常に自然に知っている」日常の一部へと変える可能性を秘めています。
この技術革新は血圧測定だけにとどまりません。同じ光学センサー技術を応用し、将来的には血糖値やストレスレベルなど、さらに多くの健康指標を手軽にモニタリングできるようになるでしょう。集められた膨大な生体データがAIによって解析され、一人ひとりに最適化された健康アドバイスや病気の超早期予測が提供される。そんなSFのような未来が、すぐそこまで来ています。
テクノロジーが、私たちの最も大切な資産である「健康」を守るパートナーとなる時代。Aktiiaの挑戦は、その輝かしい未来を垣間見せてくれます。手首から始まる新しい健康習慣に、あなたも目を向けてみてはいかがでしょうか。
