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恐竜の速さは大誤解? 最新研究で覆される「獣脚類」の走行スピード説

恐竜がどれほどの速さで走っていたか、想像したことはありますか? これまで私たちが信じてきたイメージは、もしかすると大きな誤解だったのかもしれません。 イギリスのリヴァプールジョン・ムーア大学の研究チームが、長年定説とされてきた恐竜の移動速度に関する、驚くべき研究結果を発表しました。この研究は、「“We Got It All Wrong”: New Study Reveals Dinosaur Speeds Were Vastly Overestimated by Decades of Fossil Trackway Data」で詳しく報じられており、従来の足跡化石データに基づく速度推定が、実際よりも大幅に過大評価されていた可能性を指摘しています。 本記事では、なぜこれまでの推定方法に誤解が生じたのか、そして最新の研究がどのようにしてその謎を解き明かしたのかを、ティラノサウルスなどが含まれる「獣脚類」を例に挙げながら、分かりやすく解説します。

従来の速度推定法と「柔らかい地面」の罠

恐竜の移動速度を知る上で、研究者が長年頼りにしてきたのが足跡化石です。数千万年前の恐竜の動きを現代に伝える貴重な手がかりとされてきました。 速度推定に広く用いられてきたのが、科学者R. McNeill Alexanderが開発した方程式です。この式は、足跡の大きさや歩幅(足跡間の距離)から速度を算出するものでした。しかし、この方程式は硬い地面を移動する現生の哺乳類データを基に作られており、恐竜が足跡を残した地面の「柔らかさ」が考慮されていなかったのです。

今回の研究が特に問題視しているのが、ぬかるんだ泥のような「柔らかい地面(Compliant substrates)」に残された足跡の解釈です。柔らかい地面では足が沈み込むため、足跡は実際より大きく、深く、そして広がって残ります。 例えるなら、固いコンクリートの上と砂浜の上を歩くのでは、砂浜の方が足跡は大きくなります。この現象により、実際にはゆっくり歩いていても、足跡からは速く移動したかのように見えてしまうのです。この「柔らかい地面」という変数が、従来の計算結果を大きく歪め、恐竜の速度を過大評価させる原因となっていた可能性が指摘されています。

最新研究が解き明かす恐竜の「本当の速さ」

では、どうすれば恐竜の本当の速度をより正確に知ることができるのでしょうか。研究チームが注目したのは、現代に生きる鳥類、特に「ホロホロチョウ」でした。二足歩行で、獣脚類と骨格上の類似点を持つホロホロチョウは、恐竜の動きを再現するモデルとして最適だったのです。 研究チームは、柔らかさを変えた複数の泥の上をホロホロチョウに歩かせ、その様子を高速度ビデオ撮影で詳細に記録。実際の移動速度と、残された足跡から従来の方程式で算出した速度を比較しました。

その結果、驚くべき事実が判明します。柔らかい泥の上の足跡から算出した速度は、実際の速度を大幅に上回っていたのです。例えば、ホロホロチョウが時速5kmで歩いていても、足跡のデータからは時速10km以上と計算されてしまうような、大きな誤差が生じることが確認されました。

この実験結果は、過去の恐竜の足跡化石の解釈に、同様の誤差が含まれていた可能性を強く示唆しています。つまり、私たちが「高速で走った証拠」だと考えていた足跡の多くは、単に「ぬかるみを歩いただけ」の痕跡だったのかもしれません。この発見は、足跡を分析する際には、その形状だけでなく、それが残された地質的背景を考慮することが不可欠であるという、新たな基準を提示しています。

恐竜の速度見直しが古生態系に与える影響

恐竜の速度が従来考えられていたよりも遅かったとすれば、彼らの生態系における役割のイメージも大きく変わります。 例えば、獣脚類のような捕食者の狩りのスタイルや、大型の鳥脚類などの移動パターン(Migration patterns)に関するこれまでの定説が覆されるかもしれません。これにより、恐竜時代の捕食・被食関係(Predator-prey dynamics)や、古生態系(Ancient ecosystems)全体のダイナミクスを再構築する必要が出てくるでしょう。俊敏なハンターというより、もっとエネルギー効率を重視した、堅実な生き物としての恐竜像が浮かび上がってきます。

この研究は、過去の生物を理解する上で「常識を疑う」ことの重要性を示しています。これは、日本に生息していた古代生物の研究などにも通じる視点です。限られた化石情報から生態を推測する際には、常に新たな発見によって定説が見直される可能性があり、今回の発見は世界中の古生物学者に大きな示唆を与えています。

さらに、この知見は身近な自然を観察する際のヒントにもなります。公園の鳥の歩き方を見て、「地面の状態によって、どう見えるだろうか?」と考えてみるだけで、科学的な視点が養われ、日常の風景がより面白く感じられるかもしれません。

「当たり前」を疑う科学の面白さと、未来への期待

今回の発見は、「恐竜は思ったより遅かったかもしれない」という事実以上に、科学探究のダイナミックな面白さを教えてくれます。常識が、緻密な実験と新たな視点によって覆されるプロセスこそ、科学の醍醐味と言えるでしょう。 この研究をきっかけに、世界中の足跡化石が「地面の硬さ」という新しいフィルターを通して再評価されるはずです。地質学的な情報と組み合わせることで、映画で描かれる俊敏なハンター像とは異なる、よりリアルな恐竜の姿が明らかになるかもしれません。

このニュースは、私たちに「当たり前」を疑う視点の大切さを教えてくれます。次に博物館で化石を見るとき、「この恐竜はどんな地面を歩いていたのだろう?」と想像を膨らませてみてください。たった一つの足跡の裏に隠された物語に思いを馳せることで、遠い過去の生き物たちが、より一層身近で魅力的な存在に感じられるはずです。科学の旅は、これからも私たちの世界観を豊かにしてくれるに違いありません。