日本でも地震は身近な現象ですが、アメリカのイエローストーン国立公園の地下でも、実は活発な地震活動が続いているのをご存知でしたか?この広大なカルデラ(火山活動でできた大きな凹地)で、最新の機械学習技術によって、これまでの記録の10倍もの地震が新たに発見されたという驚きのニュースが、科学ニュースサイト「Phys.org」で報じられました。これは、2025年7月18日に学術誌Science Advancesで発表された、ウェスタン大学のBing Li(ビング・リー)教授らの研究によるものです。この記事では、この革新的な研究がイエローストーンの地震活動への理解をどう深め、私たちにどのような影響をもたらすのかを詳しく解説します。まるでSFのような技術が、地球の活動を解き明かす鍵となっているようです。
イエローストーンの地震、最新技術で「10倍」に!その理由とは?
イエローストーンは、アメリカ初の国立公園として有名ですが、その地下には地球上で最も活発な火山活動ネットワークの一つが眠っています。今回、ウェスタン大学のLi教授らの研究チームが、このイエローストーンカルデラで2008年から2022年までの15年間の地震データを、最新の機械学習技術を使って再解析しました。その結果、これまでの約10倍にあたる86,276回もの地震が新たに検出・特定されたのです。
伝統的な「手作業」からAIの力へ
これまでの地震観測は、専門家が一つひとつの波形データを注意深く確認する「手作業」が中心でした。しかし、この方法では時間と費用がかさむ上、微小な地震を見落としてしまうことも少なくありませんでした。そこで今回、コンピューターが大量のデータからパターンを学ぶAI、すなわち機械学習の技術が活用されたのです。
AIは、データセンターに眠っていた膨大な過去の地震波形データを高速かつ効率的に分析できます。この「データマイニング」ともいえる手法により、これまで見過ごされてきた微細な揺れまで捉えることが可能になりました。例えるなら、膨大な資料から特定の情報を探す際に、AIという高性能な虫眼鏡を使うようなものです。
なぜ10倍も増えたのか?
AIによる解析でこれほど多くの地震が新たに見つかった背景には、主に二つの理由が考えられます。
- 微弱な信号の検出能力: 機械学習は、人間が見逃しがちな微弱な揺れや、複雑に重なり合った信号の中から、特定の地震パターンを正確に識別する能力に長けています。これにより、従来は「ノイズ」として処理されていたデータに隠れていた、数多くの小さな地震を発見できました。
- 「群発地震」の全容解明: 研究によると、イエローストーンで記録された地震の半数以上は「群発地震」でした。これは、狭い範囲で短期間に多数発生する、関連性の強い地震のグループです。AIは、これらの複雑な発生パターンを捉え、個々の地震を正確に数え上げることができたため、検出総数が飛躍的に増加したと考えられます。
この驚くべき発見は、AIが科学研究、特に膨大なデータを扱う地震学の分野で、いかに強力なツールとなり得るかを示しています。
イエローストーンで「群発地震」が多い理由
今回の研究で、イエローストーンカルデラで観測された地震の半数以上が「群発地震」であることが明らかになりました。では、群発地震は、大きな地震の後に起こる「余震」とはどう違うのでしょうか。ここでは、そのメカニズムと、イエローストーンで頻発する理由を専門家の意見を交えて見ていきましょう。
群発地震とは?—単発とは違う「集団」の動き
群発地震とは、特定の狭い地域で、比較的短い期間に、互いに関連のある小さな地震が次々と発生する現象です。大きな地震(本震)の後にその影響で起こる余震とは異なり、群発地震は、ある特定の原因が時間差で、あるいは場所を少しずつずらしながら連続的に地震を引き起こすイメージです。
地下の「流体」と「粗い断層」が鍵
では、なぜイエローストーンではこれほど群発地震が多いのでしょうか。論文の著者の一人で、流体誘発地震(地下の流体の圧力変化などが原因で起こる地震)と岩盤力学(岩盤の力学的な性質や挙動を研究する学問)の専門家であるLi教授は、地下を流れる「流体」の動きと、イエローストーン特有の「粗い断層構造」を挙げています。
Li教授によると、群発地震は地下水のような流体がゆっくり移動したり、ある地点に溜まった流体が何かのきっかけで一気に噴出したりする際に発生すると考えられています。
さらに、イエローストーンの地下にある断層構造が、他の地域に比べて「粗い」ことも関係していると指摘されています。この粗さを評価するため、研究チームは「フラクタル」という概念を用いました。フラクタルとは、部分を拡大しても全体と似た複雑な形が現れる図形のことです。このような性質を持つ断層では、エネルギーが一点に集中しにくく、広範囲に細かく解放されやすいため、群発地震が起こりやすいと考えられています。鋭いナイフの刃ではなく、ザラザラしたやすりの面で物を削るように、小さな破壊が連鎖的に発生するイメージです。
日本にも関係が?防災やエネルギー開発への期待
イエローストーンでの研究成果は、遠いアメリカの話だと思っていませんか?実は、この研究で得られた知見は、地震や火山活動が活発な日本にとっても大きな意味を持っています。
世界に応用できる「地震パターンの理解」
Li教授は、「これらの知見はイエローストーンだけでなく、他の火山や地震多発地域にも応用できる」と述べています。AIで大量の地震データを解析し、そのパターンを理解する手法は、世界中で活用できる普遍的なものです。地震大国である日本でも、群発地震などの発生パターンをより深く理解できれば、次のような未来が期待できます。
- より的確なリスク評価と安全対策: 地震がいつ、どこで、どのようなパターンで発生しやすいかを正確に把握することで、ハザードマップの精度が向上し、より効果的な避難計画やインフラ整備が可能になります。
- 迅速な情報提供: AIによる迅速なデータ解析で地震発生時の状況をいち早く把握し、住民へ正確な情報を提供することで、被害を最小限に抑えることにつながります。
地熱エネルギー開発の新たな可能性
さらに、この研究成果は、再生可能エネルギーとして注目される「地熱エネルギー開発」にも応用できる可能性があります。地熱開発は火山活動と関連が深いため、地下の流体の動きや断層構造を理解する技術は、安全な開発エリアを見極める上で貴重な指針となります。危険な地域を避け、効率的かつ安全に地熱エネルギーを開発するための情報を提供してくれることが期待されるのです。
記者の視点
「地震が10倍見つかった」と聞くと、「危険性が10倍になったのでは?」と考えがちですが、それは少し違います。この技術の真価は、まだ完璧な地震予知を実現するものではありません。むしろ、地震発生の「いつ」を当てるという従来の予測の考え方から、地下で「何が」「なぜ」起きているのかを深く理解するステージへと、私たちを引き上げてくれる点にあります。
例えば、群発地震のメカニズムが解明されれば、どの地域でどのような備えが特に重要なのか、より科学的な根拠を持って判断できるようになります。これは、過去の統計データだけに頼るのではなく、地下の物理現象を理解した上で対策を立てる、「賢い防災」への大きな一歩と言えるでしょう。
AIは地震学者に取って代わるのではなく、彼らにこれまでになかった強力な分析ツールを与えました。最終的な判断を下すのは人間の専門家ですが、その判断の精度は飛躍的に向上するはずです。この人間とAIの協業こそが、未来の安全を築く鍵となります。
AIが織りなす未来:期待と課題
今回の研究は、単に「地震の数が増えた」という事実以上に、AIという新たな「耳」を手に入れたことで、これまで聞き取れなかった地球内部の微細な活動、いわば「地球のささやき」を聴けるようになったことを意味します。ぼやけていた画像が、4K映像のように鮮明になったのです。
Li教授の研究は、単にイエローストーンの謎を解明しただけでなく、防災やエネルギー問題といった地球規模の課題解決に向けた光を当てています。この科学の進歩がもたらす「より深く知る力」を、恐怖ではなく、未来を守るための希望として捉え、日々の備えにつなげていくことが、今を生きる私たちに求められているのかもしれません。
