AI(人工知能)の進化が止まらない現代、私たちの未来はどうなるのでしょうか。「AIによる黙示録」を真剣に憂慮し、ドラッグに手を出し、地下壕を建設するといった極端な準備に走る人々がいる──。この刺激的な実態を報じたのが、米メディアBusiness Insiderの記事「Get hot, do drugs, build a bunker: Meet Silicon Valley's AI super preppers」です。
この記事では、AIが人類に壊滅的な未来をもたらす可能性に備える「スーパープレッパー」と呼ばれる彼らが、なぜそこまでAIを恐れ、どのような準備をしているのか、その背景にある哲学や価値観を掘り下げます。AIの未来に不安を感じているあなたも、きっと「自分ならどうするか」と考えさせられるはずです。
多様化する備え:それぞれの「AI終末論」
AIの進化が急速に進む中、一部の人々は、その究極的な可能性として「人類滅亡」というSF映画のようなシナリオさえ真剣に受け止めています。彼らにとって、AIがもたらすかもしれない脅威は、単なる空想ではなく、すぐそこまで迫った現実なのです。
AI研究者も警鐘を鳴らす「50%」の確率
AI研究者の一人であるヘンリー氏(仮名)は、AIが近いうちに人類の存続そのものを脅かすほどの力を持つ可能性が「50%」あると語ります。彼はこの危機を防ぐため、安全性を重視するAI研究機関で日々研究に励む傍ら、個人的な準備も怠りません。危機への取り組みに集中するため恋愛関係さえも断ち、自身の収入の「3分の1」をAIの安全対策に取り組む非営利団体に寄付するなど、その危機感の強さがうかがえます。彼が仮名を希望するのは、「プレッパー(終末論に備える人)」であることへの社会的な偏見を懸念しているためです。
極限の備え:DIYバイオシェルターから人生の選択まで
ヘンリー氏は当初、AIが作り出す致死的な病原体から身を守るため、1万ドル(約148万円)未満で建設できる「DIYバイオシェルター」の準備を進めていました。しかし、彼の備えはこれに留まりません。現在、より多くの友人を守るため、カリフォルニアに土地を購入し、恒久的な防衛施設を建設することを計画しています。
彼のようにAIの脅威に備える人々は、シリコンバレーで合理性を重視する思想的コミュニティ「ラショナリスト(合理主義者)」などを中心に存在感を増しており、その備えは多岐にわたります。
- 経済的・キャリア的準備:AIによる経済的混乱を予測し、キャリア転換や大規模な投資を行う。
- 生存への直接的な備え:シェルターを建設したり、終末後の世界に備えて安全な土地を購入したりする。
- 人生設計の変更:実業家のジェームズ・ノリス氏のように、AIが世界にもたらすであろう混乱を理由に、子供を持つことを諦めるという究極の選択をする人もいます。
彼らの行動は、AIが単なる技術トレンドではなく、社会のあり方を根本から変える力を持つと見なされていることの証左です。
価値観の転換:AI時代をどう生きるか
AIが社会に浸透するにつれ、人々の価値観やライフスタイルも大きく変化し始めています。それは、AIがもたらす未来への希望と恐怖、両方の側面から生まれています。
「賢さ」から「魅力」へ
生物医学データサイエンティストのアプールヴァ・スリニヴァサン氏は、AIの進化によってパートナーに求めるものが変わったと語ります。かつては知性を重視していましたが、生成AIが知的労働を代替するようになった今、彼女は人間的な「カリスマ性」や「魅力(Hotness)」をより重要視するようになりました。この「スマート・トゥ・ホット」という考え方は、AI時代には人間ならではの社会的・身体的魅力の価値が高まるという価値観の転換を示唆しています。
AIコンサルタントのジェイソン・リウ氏も、この変化を体現する一人です。彼は反復性疲労障害でソフトウェアエンジニアのキャリアを断念した後、柔術や陶芸といった趣味に没頭。知的労働に価値を置く生き方から、余暇や人との交流を重視するライフスタイルへと大きく舵を切りました。
「残された時間」を慈しむ
一方で、AIへの恐怖から人生観を変える人々もいます。フェティシズム研究者でセックスワーカーの「アエラ」氏は、AIによる人類滅亡の可能性を意識することで、より今を生きるようになったと語ります。「どうせ死ぬなら」と、奇抜な乱交パーティーを開いたり、普段なら避けるようなドラッグを試したり、貯金を切り崩して生活しているのです。彼女は、AIが支配する未来で人類が「人間動物園」のペットとして生きる可能性さえ受け入れています。
この考え方は、思想家C.S.ルイスが「もし原子爆弾で滅びるなら、その時が来ても人間らしい当たり前のことをしていよう」と述べた思想にも通じます。ベンチャー投資家のヴィシャル・マイニ氏も、AIを巡る不確実性の中で「死ぬまでにやりたいことリストのような考え方」を取り入れ、人間同士の交流を意識的に優先する「パレオ・フューチャリズム」を提唱しています。
AIへの見解の違いは、人間関係に深刻な影響を及ぼすことさえあります。反AI活動団体「Pause AI」のエグゼクティブ・ディレクターであるホリー・エルモア氏は、AI開発への対抗策を巡る意見の対立が、夫との離婚の一因になったと明かしています。
経済的サバイバル:富の創出と格差への恐怖
AIの進化は、人々の経済観や人生設計にも大きな影響を与えています。AIによる「経済的破滅」や、さらに深刻な「人類滅亡」のシナリオに備え、人々は貯蓄やキャリアに対する考え方を根本から見直しています。
「引退」の概念が変わる
元OpenAI研究者のダニエル・ココタジロ氏は、AIによる人類存亡の危機を懸念し、2020年頃から退職後のための貯蓄をやめました。彼はAIが2027年にも制御不能になる可能性を指摘しており、数十年後のために貯金する意味を見出せないのです。同様に、Anthropicの研究者であるトレントン・ブリッケン氏も、AGI(汎用人工知能)の到来が間近に迫っていると考え、退職後のための貯蓄を停止したと語っています。
「最後のチャンス」に賭ける人々
対照的に、AIが人間の知的労働を陳腐化させる前に富を築こうと奔走する人々もいます。AIスタートアップ創業者であるハルーン・チョウデリー氏は、今後数年間が「世代を超えた富」を築く最後のチャンスだと考えています。パキスタンから移民し、タクシー運転手の父と専業主婦の母の元で育った彼は、AIによって社会経済的地位が固定化される未来を恐れ、富の創出を急いでいるのです。
AIヘッジファンド幹部のマッシー・ブランスコム氏は、この状況を「ワギー(賃金労働者)のままでいれば、真っ先に切り捨てられる」とより露骨に表現します。
一方で、こうした見方に警鐘を鳴らす声もあります。哲学者のデビッド・ソースタッド氏は、ベイエリアの特定のコミュニティ内で極端なAI観が醸成される「エコーチェンバー現象」に陥らないよう注意を促しています。
AIリスクをビジネスに変える動き
AIの脅威をビジネスチャンスと捉える動きも活発です。起業家のウルリック・ホルン氏は、AIが「ミラーライフ」(生命の設計図をデジタル化し、人工的に再現する研究)を加速させ、生物兵器につながることを懸念し、3万9000ドル(約576万円)の家庭用バイオシェルターを開発・販売しています。また、研究者や実業家の中には、AIなどの存亡リスクに備えるためのコンサルティングサービスを提供する者も現れています。
しかし、当のココタジロ氏自身は、物理的な準備には懐疑的です。「シェルターの準備に数週間を費やすよりも、自分の本来の仕事(AIの安全性研究)をする方が重要だ」と彼は語ります。AIへの深い懸念を持つ人々の間でも、その備え方は一様ではないのです。
記者の視点:過剰な恐怖か、未来への警鐘か
シェルター建設、貯蓄の停止、そして「人間動物園」での生存を望む声。この記事で紹介したシリコンバレーの人々の行動は、多くの人にとって現実離れした、まるでSFの世界のように聞こえるかもしれません。
しかし、彼らがAI開発の最前線に立つ技術者や研究者であることを忘れてはなりません。彼らは誰よりもAIの潜在能力と脆弱性を理解しているからこそ、最悪のシナリオを真剣に憂慮しているのです。彼らの極端ともいえる行動は、単なる個人的な恐怖心の発露ではなく、テクノロジーの進化の速さに社会の備えが全く追いついていない現状に対する、痛烈な警鐘と捉えることもできるでしょう。
日本では、AIに対して「便利なツール」「業務効率化」といったポジティブな側面が強調されがちです。しかし、この記事は、光があれば影もあるという当然の事実を私たちに突きつけます。彼らのように人生設計を根本から変える必要はないかもしれませんが、この極端な事例をきっかけに、「AIが自分の仕事を奪う可能性は?」「社会のルールが大きく変わったらどうする?」といった問いを、自分自身に投げかけてみることが重要ではないでしょうか。
AIが織りなす未来:期待と課題
AIによる終末に備える人々の姿は、私たちにAIとの向き合い方を改めて問いかけます。彼らの行動を対岸の火事と片付けるのではなく、私たち自身の未来を考えるヒントとして捉えることが大切です。
今後、AIの進化はさらに加速し、AIの安全性や倫理に関する議論は、一部の専門家だけでなく、社会全体を巻き込む大きなテーマになっていくでしょう。重要なのは、過度な悲観論で思考停止したり、根拠のない楽観論で現実から目をそらしたりせず、現実的に備えることです。シェルターを建てる代わりに、私たちにできる「備え」はたくさんあります。
- 学び続ける姿勢:AIの基本的な仕組みや社会への影響について学び、変化に対応できる知識を身につける。
- 人間ならではのスキルを磨く:AIに代替されにくい共感力、創造性、複雑なコミュニケーション能力などを意識的に伸ばす。
- 経済的な備え:AIによる産業構造の変化を見据え、自身のキャリアプランや資産形成について見直す。
こうした日々の小さな積み重ねが、不確実な未来を乗りこなす力になります。AIがもたらす未来は、誰かに与えられるものではなく、私たち一人ひとりの選択によって形作られていきます。恐怖に目を向けるだけでなく、その先にある可能性にも目を向け、自分ならどう行動するかを考えること。それが、AIと賢く共存していくための第一歩となるはずです。
