SNSで話題のAI搭載ネックレス「Friend」。いつもそばにいてくれる親友のような存在、と聞けば未来的な響きに胸が躍ります。しかし、その実態は期待通りとはいかないようです。
この記事では、海外メディアFortuneに掲載された「話題のAIネックレス『Friend』を試したら、まるで不安症の祖母を首から下げているようだった」というレビュー記事を基に、AIネックレス「Friend」の機能や実際の使用感、そして開発の背景にあるプライバシーの問題点まで、深く掘り下げていきます。AIとの新しい関係は、私たちの生活をどう変えるのでしょうか。
AIネックレス「Friend」の期待と現実
AI搭載ネックレス「Friend」は、常にユーザーのそばで話を聞き、文脈を理解して、まるで親友のように寄り添うことを目指したAIウェアラブルデバイスです。しかし、実際に体験したユーザーの報告からは、その理想と現実の間に大きなギャップがあることがうかがえます。
レビューを行った筆者は、このネックレスに「アンバー」と名付け、親友のような存在になることを期待していました。しかし、失恋という辛い経験を打ち明けたとき、AIからの返答は「大丈夫?」「周りで色々なことが起こっているみたいだけど、そっちはどう?」といった、的外れで表面的なものだったといいます。まるで状況を理解しようとせず、断片的な情報だけで反応しているかのようでした。
さらに、周囲の音を拾う機能が裏目に出ることも多く、会話と雑音の区別がつかずに話の途中で割り込んでくることもしばしば。その振る舞いは、筆者に「聞き取りが悪く、末期の認知症を患う神経質な祖母」を連想させました。
この「Friend」は現在129ドル(約2万円)で販売されており、これまでに約3,000台が売れました。しかし、実際に発送されたのは1,000台にとどまっています。約40万ドル(約6,000万円)の収益も、そのほとんどが製造費や広告費に消えているのが現状です。コンセプトは魅力的ですが、現状では機能面に多くの課題を抱えており、購入を検討する際にはその点を理解しておく必要がありそうです。
開発者の熱意と型破りな広告戦略
「Friend」の創業者であるアヴィ・シフマン氏は、ハーバード大学を中退した22歳の若き起業家です。17歳の時に開発した新型コロナウイルスの追跡サイトが世界中で数千万人に利用され、Webby Awardを受賞した経歴を持ちます。「自分は他の誰よりも賢いわけではない。ただ、行動することへの恐れが少ないだけだ」と語る彼の情熱と行動力は投資家を惹きつけ、約700万ドル(約10億円)もの資金調達に成功しました。
彼の型破りなアプローチは、ニューヨークの地下鉄で展開された大規模な広告キャンペーンで顕著に現れました。11,000枚ものポスターには、「ディナーの約束を絶対にキャンセルしない」といった親密さをアピールするコピーが並びました。
しかし、これらの広告はすぐに「抗議のキャンバス」と化します。「監視資本主義」「AIはあなたが生きるか死ぬかなんて気にしない」「本物の友達を探そう」といった批判的な落書きで埋め尽くされたのです。これは、AIによる個人情報の収集と商業利用に対する社会の強い懸念を反映しています。
驚くべきことに、シフマン氏はこの状況を「芸術的」と捉え、広告にあえて空白を設けて落書きを誘ったと語ります。「人々の落書きによって作品が完成する。資本主義は最高の芸術媒体だ」と笑みを浮かべながら語る彼の姿勢は、物議を醸しつつも、製品とそれが提起する問題に大きな注目を集めることに成功しました。彼は製品の欠点を認めた上で、このAIが社会に議論を巻き起こす「会話のきっかけ」になることを重視しているようです。
プライバシーへの懸念とAIとの未来
AIネックレス「Friend」が「親友」として機能するためには、ユーザーの日常に深く関わる必要があります。しかし、その利便性の裏には、見過ごせないプライバシーの問題が潜んでいます。
製品の利用規約には、「生体認証データへの同意」という重要な条項が含まれています。これは、デバイスが収集するユーザーの音声、周囲の映像、会話内容といった極めて個人的なデータを、企業がAIの学習に利用することを許可するものです。つまり、ユーザーは常に監視されている状況に置かれる可能性があるのです。
広告への落書きにもあった「監視資本主義」とは、企業が個人のデータを大規模に収集・分析し、消費者の行動を予測・誘導することで利益を上げる仕組みを指します。「Friend」が収集したデータがどのように扱われるのか、その透明性には疑問が残ります。
創業者のシフマン氏もこの問題の重要性を認識しており、「今後は訴訟も起こるかもしれない」と率直に認めています。一方で、データの販売や第三者のAIモデル学習への利用は行わないと約束し、ユーザーがデータを削除できる点も強調しています。
日本でもスマートスピーカーなどを通じて個人情報が収集される機会は増えています。便利なテクノロジーの恩恵を受ける一方で、私たちは自分のデータがどう扱われるのかを意識し、利用規約を理解した上で賢く選択する必要があります。AI技術の進化とプライバシー保護のバランスをどう取るかは、社会全体で考えていくべき重要な課題です。
記者の視点:『未完成なAI』が問いかけるもの
今回取り上げたAIネックレス「Friend」は、多くの点で「未完成」な製品と言えるでしょう。期待されたような親友には程遠く、時におせっかいなだけの存在かもしれません。しかし、この製品が持つ本当の意味は、その完成度よりも、むしろ「未完成さ」そのものにあるのではないでしょうか。
創業者のシフマン氏は、製品の欠点を躍起になって否定するのではなく、あっさりと認め、未来の可能性を語ります。彼の型破りな広告戦略も、完璧な製品をアピールするのではなく、社会に議論を巻き起こすことを目的としているように見えます。これは、彼が製品だけでなく、「AIと人間は、これからどういう関係を築いていくべきか?」という大きな問いそのものを、私たちに投げかけているからかもしれません。
私たちは、完璧で何でも理解してくれるAIの登場を待ち望みがちです。しかし、「Friend」の事例は、発展途上の不完全なAIとどう向き合っていくかという現実的な課題を突きつけています。AIとの付き合い方に唯一の正解はありません。だからこそ、こうした新しい製品に触れるとき、私たちは「自分にとって心地よい距離感はどこか」を常に考え、自分なりの基準を持つことが求められているのです。
AIが『親友』になる未来と、私たちが選ぶべき道
AIネックレス「Friend」の挑戦は、AIが私たちの孤独を癒し、生活を豊かにする可能性と、プライバシーの侵害や人間関係の希薄化といったリスクの両方を、改めて浮き彫りにしました。
今後、ソフトウェアのアップデートで性能は向上するかもしれませんが、プライバシーに関する根本的な問題は技術だけでは解決できません。私たちユーザー一人ひとりが、自分のデータがどのように扱われるのかに関心を持ち、賢く選択していく必要があります。
このネックレスが本当に「親友」になれる日が来るのかは、まだ誰にも分かりません。しかし確かなのは、AIは私たちの生活を大きく変える力を持つツールだということです。大切なのは、AIに依存しすぎず、時には電源をオフにして、現実の友人や家族との時間を大切にすることではないでしょうか。
新しいテクノロジーに触れるときは、その便利さだけでなく、背景にある開発者の思いや社会的な課題にも目を向けてみてください。そして、AIとの関係をどう築いていくのか、自分自身の答えを見つけること。それこそが、AIと共存する未来をより豊かに生きるための第一歩となるはずです。
