一枚の紙から鶴や動物、幾何学模様などを生み出す日本の伝統芸術、折り紙。この身近な遊びが、現代物理学の難解な謎を解く鍵であることが、最新の研究で明らかになりました。
宇宙の根源を探る素粒子物理学では、粒子の振る舞いを計算するためにアンプリチュヘドロンという、宝石のような多次元の幾何学図形が重要な役割を果たします。驚くべきことに、この図形の構造が折り紙の「折り目」のパターンと深く結びついていることを、ある数学者が証明したのです。この発見は「折り紙のパターンが物理学の大きな謎を解く」として報じられ、全く無関係に見えた二つの世界を結びつける、驚くべき科学の進展として注目を集めています。
素粒子計算の進化:複雑な計算から一つの「宝石」へ
素粒子同士が衝突したときの結果を正確に予測する計算は「散乱振幅」と呼ばれ、長年、物理学者たちを悩ませてきました。
かつて主流だったのは、物理学者のリチャード・ファインマンが考案した「ファインマン・ダイアグラム」という図を用いる方法です。画期的な手法でしたが、関わる粒子が増えると計算量が爆発的に増え、数百万もの項を足し合わせる必要があり、現実的ではありませんでした。
そこで2000年代初頭に、より効率的な「BCFW再帰」という手法が登場します。これは複雑な計算を小さなパーツに分解するもので、計算量は大幅に削減されました。
そして2013年、物理学の世界に革命が起こりました。研究チームは、素粒子の散乱振幅の計算が、アンプリチュヘドロンという多次元幾何学図形の「体積」を求める問題に置き換えられることを発見したのです。この発見は、BCFW再帰という計算手法の裏に、ある幾何学的な構造が隠されていることに気づいたのがきっかけでした。さらに、その構造を理解する上で、数学者が全く別の分野で考案した「Plabicグラフ」という図形が鍵となることも判明し、異なる分野の知見が奇跡的に結びついたのです。
折り紙が解き明かした物理学の長年の課題
しかし、この画期的なアプローチには、解決すべき大きな課題が残されていました。それは、アンプリチュヘドロンが計算に必要な「構成要素」に隙間なくきれいに分解できるか、という「三角分割予想」です。この予想が正しければ、アンプリチュヘドロンを用いた計算方法の正当性が保証されるため、証明が待たれていました。
アンプリチュヘドロンには複数の種類がありますが、物理学者が特に解明したかったのは、実際の粒子の運動量から直接定義される「運動量アンプリチュヘドロン」に関する予想でした。
この長年の謎を、コーネル大学の数学者パベル・ガラシン氏が「折り紙」をヒントに証明しました。
ガラシン氏は、折り紙の境界線の情報(紙を折る前と後の各辺の位置)から、運動量アンプリチュヘドロン内部の「点」を導き出せることを発見。さらに、その情報から平らに折りたためるただ一つの折り目パターンを生成するアルゴリズムを考案しました。このアルゴリズムは、生成された折り目パターンをPlabicグラフに変換することで、アンプリチュヘドロン内の特定の領域と一対一で対応させます。
この仕組みにより、一つの境界線情報から常に一つの領域だけが重複なく割り当てられるため、領域間に「隙間」や「重なり」が生じないことが数学的に保証されます。こうして三角分割予想は証明され、アンプリチュヘドロン計算の正しさが確立されたのです。
記者の視点
折り紙と物理学の融合は、単に計算を簡単にするだけでなく、物理学の根本的な捉え方を変える可能性を秘めています。複雑な数式の代わりに「図形の体積を求める」という直感的なアプローチは、物理法則が私たちが想像するよりもずっとシンプルで、美しい幾何学的な構造を持つことを示唆しているからです。
今回の発見から私たちが学べるのは、「ブレークスルーは専門分野の壁を越えた先にある」ということです。物理学者が数学者の研究に目を向け、数学者が折り紙の論文からヒントを得たように、全く異なる分野の知識や視点が交差した時に、誰も想像しなかった発見が生まれます。
大切なのは、「なぜこうなるのだろう?」という純粋な好奇心を持ち続け、自分の専門分野の外に目を向ける勇気ではないでしょうか。一枚の紙を折るという身近な行為が、宇宙の謎を解く鍵となりました。あなたの日常にある小さな「なぜ?」が、いつか未来を大きく変えるかもしれません。
折り紙が拓く物理学の未来:期待と課題
この発見は、物理学界に大きな驚きと新たな可能性をもたらしました。アンプリチュヘドロンの提唱者の一人である専門家も「物理学者の視点だけでは、決して思いつかなかっただろう」と、この成果を絶賛しています。
今後の研究課題も明確になっています。証明を成し遂げたガラシン氏は、この知見を自身の本来の研究テーマである「イジング模型」(磁石の性質などを説明する物理モデル)の理解に応用したいと考えています。
さらに物理学全体の大きな目標として、アンプリチュヘドロンを細かく分解することなく、その「体積」を直接計算して散乱振幅を求める手法の確立が期待されています。折り紙と素粒子物理学という予期せぬ繋がりが、この壮大な夢を実現するヒントを与えてくれるかもしれません。
