日常生活にありふれた「水」は、実はまだ多くの謎を秘めています。コーヒーの氷から山の霜、そして地球外の天体まで、さまざまな姿を見せる氷には、科学者たちも知らない未知の形態が隠されていました。
このたび、韓国標準科学研究院(KRISS)が率いる研究チームが、常温の水を急速に圧縮することで生成される全く新しい氷の結晶を発見したと、米国の科学技術メディアGizmodoが「科学者はいかにして常温の水を氷に変えたか」と報じました。学術誌『Nature Materials』で発表されたこの発見は、木星の衛星ガニメデなどに存在すると考えられている高圧の氷「氷VI」が生成される圧力範囲で現れる、これまで知られていなかった形態です。
21番目の氷「氷XXI」とその特異な生成過程
水は、水素と酸素という単純な元素から成り立っていますが、固体である氷になると驚くほど多様な結晶構造をとります。これまでに20種類の氷の結晶が知られており、今回の発見は21番目にあたるため「氷XXI」と名付けられました。
研究チームは、さまざまな温度と圧力の下で水がどのように氷へと変化するのか、その「経路」の解明を目指しています。通常、水に高い圧力をかけると「氷VI」という安定した結晶になります。しかし今回の実験で、非常に速いスピードで圧縮すると、本来なら凍るはずの圧力下でも水が液体のままでいられ、その後、これまで知られていなかった「氷XXI」へと変化する「隠れた経路」があることが明らかになりました。
この氷XXIは「準安定構造」として一時的に姿を現します。準安定構造とは、より安定した氷の形態が存在する状況下でも、一定時間だけその形を保つことができる、いわば「束の間の姿」です。
最新鋭のX線が捉えた生成の瞬間
この発見を可能にしたのは、最先端の実験技術でした。研究チームは、「ダイヤモンドアンビルセル」という特殊な装置を使用しました。これは、2つのダイヤモンドの先端で試料を挟み込み、極めて高い圧力を生み出す装置です。
実験では、この装置を使って水に最大2ギガパスカル(通常の気圧の約2万倍)もの圧力を繰り返し加えました。その際、ドイツにある欧州のX線自由電子レーザー施設「European XFEL」の強力なX線レーザーを用いることで、100万分の1秒単位で起こる氷の内部変化を捉えることに成功しました。
さらに、同じくドイツの研究機関DESYが運用する粒子加速器「PETRA III」で詳しく分析した結果、氷XXIの結晶構造が解明されました。それは、原子の配列が特定の規則性を持つ「正方晶系」という構造で、これまでに知られているどの氷とも異なる、複雑で大きな繰り返し単位を持つことが突き止められました。
宇宙の謎に迫る、新たな氷の可能性
今回の発見は、私たちがまだ知らない高温・高圧下での準安定な氷の形態が、ほかにも多数存在する可能性を示唆しています。研究チームの専門家は、「さらなる研究を進めることで、木星や土星といった氷の衛星の内部構造について、新たな知見が得られるかもしれない」と期待を寄せています。
水は、宇宙で最も身近でありながら、最も神秘的な物質の一つです。単純な分子がなぜこれほど多様な姿を見せるのか、その謎の解明は始まったばかりです。今回の発見は、まだ見ぬ氷の形態の存在を示しており、物質科学の新たな扉を開く一歩となるでしょう。
