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MIT新手法:分子を「卓上加速器」に 原子核の謎が宇宙の根源解明へ

私たちの身の回りにあるあらゆる「モノ」は、原子と呼ばれる非常に小さな粒子の集まりからできています。その原子の中心には、さらに小さく密度の高い原子核が存在します。この原子核の内部構造を詳細に探る画期的な手法が、MITの研究チームによって開発されました。

これまでの原子核研究では、大規模な粒子加速器を用いた実験が一般的でしたが、今回注目されているのは、分子を「小さな粒子加速器」として利用し、原子核の内部を探るという画期的なアイデアです。この新しいアプローチは、「なぜ宇宙が物質に満ちていて、反物質がほとんど存在しないのか?」という、現代物理学の根幹に関わる壮大な謎の解明につながる可能性を秘めています。

この画期的な研究は、科学ニュースサイト「Science Daily」でMITの物理学者、原子核内部を“見る”方法を発見として報じられました。本記事では、研究チームがどのように分子を利用して原子核の秘密に迫ったのか、そしてそれが私たちの宇宙への理解をどう変えるのかを詳しく解説します。

分子を「小さな粒子加速器」として活用する新手法

これまで、原子核の奥深くに隠された謎を探るには、全長数キロメートルにも及ぶ巨大な粒子加速器素粒子を高速に加速し衝突させることで、その構造などを研究する装置)が必要でした。しかし、MITの研究チームは、この常識を覆す新しい実験手法を開発しました。

ラジウムモノフッ化物を用いた卓上での探査

この研究の核心は、放射性元素であるラジウム原子とフッ化物原子が結合した「ラジウムモノフッ化物」という分子を、微小な粒子加速器のように機能させるという斬新な発想にあります。ここで言うフッ化物原子とは、フッ素原子が電子を受け取って負の電荷を持ったイオン、またはフッ素を含む化合物の構成要素としての原子を指します。ラジウムモノフッ化物分子内部では、ラジウム原子の周りを回る電子が、まるで小さな加速器の中で加速され、ラジウム原子核に衝突するかのような役割を果たします。

研究チームは、この放射性原子を分子の中に置くことで、電子が経験する内部電場が、通常の実験で生成・印加できる電場に比べて桁違いに大きくなると指摘しています。これにより、分子が微小な粒子加速器のように機能し、原子核を探る上でより良い機会を提供します。

従来の巨大な粒子加速器では、電子などを高速で原子核にぶつけて衝突の様子を観測していましたが、今回開発されたのは「分子中心のアプローチ」です。これは、分子を実験環境の中心に据えることで原子核の内部構造を直接探る手法であり、分子の特殊な環境を利用します。このアプローチにより、大規模な設備を必要とせず、実験室の机の上などで実施可能な「卓上方式」で原子核内部の情報を得ることが可能になりました。これは科学研究のあり方を大きく変える可能性を秘めています。

電子に刻まれる原子核からの「メッセージ」

では、具体的にどのようにして原子核の内部を覗き見るのでしょうか。

ラジウムモノフッ化物分子内では、ラジウム原子の電子が原子核のすぐ近くを通過したり、ごく短時間だけ原子核内部に入り込んだりする機会が増大します。研究者たちは、これらの電子のエネルギーを非常に精密に測定しました。すると、原子核に近づいた電子が、ごくわずかにエネルギーを変化させていることが観測されたのです。この「エネルギーシフト」(粒子のエネルギーにわずかな変化やずれが生じる物理現象)は、電子が原子核内部の陽子や中性子と相互作用した証拠と解釈できます。まるで、原子核が電子に「メッセージ」を託し、外部に伝えてきたかのようです。

このエネルギーシフトは、わずか100万分の1ほどの非常に小さな変化ですが、原子核の内部構造や性質について、これまで得られなかった貴重な情報をもたらすのです。

宇宙の根源的な謎「物質優勢」の鍵:原子核の「洋ナシ形」

私たちの宇宙は、なぜ物質で満ちされているのでしょうか? 宇宙誕生のビッグバン直後には、物質と、その対となる反物質が同量ずつ生成されたはずなのに、現在の宇宙には物質が圧倒的に多く存在しています。この根源的な謎を解き明かす鍵が、MITの研究チームが注目する、ラジウム原子核洋ナシ形にあるのかもしれません。

宇宙における物質と反物質の不均衡

宇宙の始まりを説明する素粒子物理学の最も成功した理論である「標準模型」(素粒子や基本的な力を記述する理論)では、物質と、その鏡写しのような性質を持つ反物質は全く同じ量だけ生成されたと考えられています。しかし、もしそうであれば、両者は出会うたびに消滅し、現在の宇宙にはほとんど何も残らなかったはずです。この矛盾を説明するために、標準模型だけでは説明できない、何らかの「基本対称性の破れ」(物理法則が特定の変換の下で不変であるという基本対称性が崩れること)が必要だと考えられています。

基本対称性とは、例えば時間を逆回転させたり、空間を鏡に映したりしても物理法則が変わらないという性質です。もし宇宙の初期にこの対称性がわずかに破れていたなら、物質と反物質の間にわずかな差が生まれ、現在の物質だらけの宇宙が生まれたというシナリオが考えられます。

ラジウム原子核の「洋ナシ形」が謎を解く鍵に

この基本対称性の破れの痕跡は非常に小さく、観測が困難とされてきました。しかし、ラジウム原子核は、この謎を解くための特別な性質を持つと理論的に予測されています。

多くの原子核が球形に近い一方、ラジウム原子核は洋ナシのように一方が丸く膨らみ、もう一方が細くなった非対称な形状をしていると考えられています。この特殊な形が、微細な基本対称性の破れの信号を増幅する「アンプ」のような役割を果たすと期待されているのです。

今回開発された分子中心の新手法は、この洋ナシ形のラジウム原子核を精密に調べることを可能にし、宇宙の根源的な謎に迫る画期的な一歩となるでしょう。

記者の視点:研究開発への新たな示唆

MIT研究チームによる今回の成果は、科学技術、特に原子核物理学や素粒子物理学の研究開発にとっても大きな示唆を与えてくれます。

新たなフロンティア「核磁気分布」の測定

エネルギーシフトの観測は、原子核内部の陽子や中性子の磁気の配置や偏りを示す「核磁気分布」(原子核内部の磁気の配置や偏りを示す特性)という、これまで直接測定が困難だった性質に迫る重要なステップです。この分布を正確に測定することは、宇宙における物質と反物質の不均衡の謎を解く鍵になると考えられており、国際社会と協力して取り組むべき新たなフロンティアと言えるでしょう。

基礎科学が拓く未来

今回のような基礎科学の探求は、すぐに実用化されるわけではありませんが、長期的には私たちの想像を超える技術革新につながる可能性があります。原子核の理解が深まることは、将来的に、より効率的なエネルギー源や革新的な医療技術、未知の材料開発など、多岐にわたる分野で新たな可能性を切り開くかもしれません。

宇宙の謎に挑む分子:未来への展望

分子というミクロの世界の仕組みを巧みに利用して原子核の中心部に迫るという「発想の転換」は、画期的な成果を生み出しました。この分子中心のアプローチによって、宇宙の始まりという壮大な謎に、より身近なスケールで挑む道が拓かれたのです。

研究チームの次なる目標は、この新しい手法をさらに進化させ、ラジウム原子核の洋ナシ形の向きを精密に制御することです。それが実現すれば、原子核内部の力の地図を詳細に描き出し、基本対称性の破れの決定的な証拠をつかめるかもしれません。成功すれば、物理学の標準模型を超える新しい法則の発見につながり、私たちの宇宙観を根底から変える大発見となるでしょう。

科学の面白さは、最終的な発見だけでなく、そこに至るまでの「どうやって見るか」という創意工夫の中にあるのかもしれません。今回の独創的なアイデアは、視点を変えることで不可能を乗り越えられるという、科学のダイナミックな一面を象徴しています。

「なぜ私たちは存在するのか?」——この根源的な問いへの答えは、まだ誰にも分かりません。しかし、今回のような地道で独創的な研究の一つひとつが、その答えに続く道を少しずつ照らし出しています。この小さな分子からの「メッセージ」は、人類の知的好奇心がこれからも壮大な宇宙の物語を解き明かしていくという、未来への希望に満ちているのです。