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『ポケモン アルセウス』は美化か?海外が問う北海道開拓とアイヌの歴史

2025年10月16日に発売された『Pokémon LEGENDS Z-A』。この新作が注目を集める今、前作『Pokémon LEGENDS アルセウス』が投げかけたテーマを改めて振り返ります。このゲームは、日本の歴史の中でも特に繊細な「北海道の開拓時代」を舞台にしながらも、どこか牧歌的な雰囲気で描かれています。しかし、その魅力的な世界の裏には、どのような歴史的背景が隠されているのでしょうか。本記事では、海外メディアEurogamerの記事「『Pokémon LEGENDS アルセウス』が描く美化された過去と、日本の歴史に投げかける重い問い」を参考に、ゲームの描写が持つ意味と、その背景にある歴史を解説します。

『Pokémon LEGENDS アルセウス』の世界:魅力と歴史の交差点

『Pokémon LEGENDS アルセウス』は、プレイヤーを「ヒスイ地方」と呼ばれる、広大で自然豊かな世界へと誘います。このヒスイ地方は、現実の北海道をモデルに、1800年代後半という時代を背景にしています。ゲームをプレイすると、その独特の世界観にすぐに引き込まれることでしょう。

まず目を引くのは、ゲーム内に登場するモンスターボールのデザインです。これらは職人が一つひとつ手作りしたかのような温かみを持ち、当時の技術を彷彿とさせます。また、UI(ユーザーインターフェース)には筆で書いたようなタッチが採用され、古き良き日本の雰囲気を醸し出しています。ポケモンのデザインもこの時代背景に合わせてアレンジされており、例えばヒスイのジュナイパーは、まるで武士のような威厳をたたえています。このように、本作は単なるファンタジーの世界に留まらず、特に北海道が大きく変化した時代の歴史を色濃く反映しています。

描ききれなかった「開拓」の真実

『Pokémon LEGENDS アルセウス』の舞台であるヒスイ地方は、現実の北海道がモデルですが、そこには「開拓」という輝かしい発展の側面だけでなく、先住民族であるアイヌ民族にとって厳しい現実も存在しました。

1869年、明治政府は北海道の本格的な植民地化を開始しました。この「開拓」を正当化するために用いられたのが、「無主の地(テラ・ヌリウス)」という考え方です。これは国際法で「誰のものでもない土地」を意味する言葉ですが、植民地主義の時代には、先住民が暮らす土地を奪うための論理として使われることがありました。北海道においても、アイヌ民族の存在を無視し、あたかもそこが空き地であるかのように扱うためにこの考えが利用されました。

ゲームに登場する「ギンガ団」は、史実の「開拓使」がモデルとされています。しかし、史実における開拓使は、アイヌ民族の土地を奪い、彼らの伝統的な生活基盤を脅かす存在でした。さらに、アイヌ民族の言語や文化を「未開」とみなし、日本文化への同化を強制する「同化政策」を強力に進めた結果、その独自の文化は存続の危機に瀕しました。

アイヌ文化の描写で高く評価されているのが、野田サトル氏の人気漫画『ゴールデンカムイ』です。作者はアイヌ民族の関係者と対話を重ね、「自分たちは単なる犠牲者ではなく、強い存在として描かれたい」という意見を真摯に受け止め、作品に反映させたとされています。こうした丁寧な描写と比較すると、『アルセウス』における表現には課題も指摘されています。

ある歴史の専門家は、ゲームの歴史描写が単純化されすぎていると懸念を示しています。例えば、ゲームが触れることができたかもしれないテーマとして、生態系への影響が挙げられます。かつて北海道に豊富にいた鮭や鹿は、缶詰工場の乱獲によりわずか10年ほどで激減しました。自然との共存をテーマにすることが多い『ポケモン』シリーズだからこそ、この生態系破壊の歴史に触れることで、プレイヤーが歴史の別の側面に目を向けるきっかけになったかもしれない、とその専門家は分析します。

歴史と向き合うための「外からの視点」

そもそも、海外の人間が他国の歴史描写を批評することは許されるのでしょうか。この問いに対し、ある専門家は「人は誰でも自国の文化に盲点を持ってしまうことがあります。だからこそ、内部からの対話と、外部からの対話の両方が必要なのです」と、その重要性を指摘しています。

日本国内でも対話は続いています。例えば、アイヌ文化の発信拠点「ウポポイ」の最寄り駅である白老駅では、日本語や英語などに加えてアイヌ語のアナウンスが流れます。これは画期的な一歩ですが、こうした取り組みが一部地域に限定されている点も、国内で続く議論の一側面です。

こうした議論が日本国内だけで完結せず、世界中で共有されることの重要性を専門家は強調します。「私たちがアイヌと日本の歴史について学ばなければ、無意識のうちに否定的な文化的ステレオタイプを助長しかねません」と専門家は語ります。対話の輪を広げることが、より深い理解への第一歩となるのです。

物語が問いかけるもの:エンターテイメントが拓く対話の可能性

『Pokémon LEGENDS アルセウス』が残した最大の功績は、エンターテイメントという親しみやすい形で、多くの人がアイヌ民族や北海道の歴史に触れる「扉」を開いたことでしょう。普段は歴史に関心がない人でも、「シンジュ団やコンゴウ団のモデルになったアイヌってどんな人たちだろう?」と興味を持つきっかけになりました。

しかし、その影響力の大きさゆえに、私たちは物語をどう受け取るか慎重になる必要もあります。『アルセウス』では、プレイヤーは開拓を進める「ギンガ団」の一員として活動します。これは、楽しい冒険の裏側で、知らず知らずのうちに「開拓する側」の視点に立っていることを意味します。この構造は、私たちにあらゆる物語において「誰の視点が描かれ、誰の視点が抜け落ちているのか」を問い直すことの重要性を教えてくれます。

新しい『Pokémon LEGENDS Z-A』がどのような物語を見せてくれるのか、期待が高まります。同時に、『アルセウス』が私たちに投げかけた問いを忘れてはなりません。フィクションを楽しみながらも、その背景にある現実の世界や歴史に思いを巡らせること。それこそが、物語をただ消費するだけでなく、未来へ活かしていくための大切な視点です。