プラネタリウムで星座を眺めるとき、誰が最初に星の位置を記録したのか考えたことはあるでしょうか。その答えが、いま最先端の科学技術によって明らかになりつつあります。「科学者が史上最古の星図を明らかにした」とScienceAlertが報じました。約2200年前、古代ギリシャの天文学者が肉眼で作り上げた驚異的な星の記録が、中世に上書きされた羊皮紙の下層から姿を現しています。
修道士が「上書き」した古代の宝物
物語の舞台は、6世紀のエジプト・シナイ半島にある聖カタリナ修道院です。当時、羊皮紙は非常に高価だったため、修道士たちは古い写本の文字を削り取り、その上にキリスト教のテキストを書き込んでいました。こうした再利用された羊皮紙はパリンプセストと呼ばれます。
この写本「コデックス・クリマチ・レスクリプトゥス」の下には、古代ギリシャ語で書かれた天文学のテキストが眠っていました。研究者たちは、テキストに含まれる「地球の歳差運動」への言及から、紀元前2世紀の天文学者ヒッパルコスの記録である可能性が高いとみています。
粒子加速器が1500年の時を超える
肉眼では見えなくなった文字を読み取るために使われたのが、米国のSLAC国立加速器研究所にあるシンクロトロンです。この装置は電子をほぼ光速まで加速し、極めて強力なX線を発生させます。
羊皮紙にこのX線を当てると、修道士が使った鉄分を含むインクと、元のギリシャ語テキストのカルシウムを含むインクの元素組成の違いを可視化できます。この違いを利用して、上に書かれた文字と下に隠された文字を「分離」し、古代のテキストを浮かび上がらせることに成功しました。
肉眼なのに「驚異的な精度」
復元された星の記述の中には、「みずがめ座」への言及も含まれていました。研究者は「肉眼で行ったものとしては、見つかっている座標は信じられないほど正確だ」と語っています。
ヒッパルコスは紀元前190〜120年頃に活動した古代ギリシャの天文学者で、少なくとも850個の星の位置と明るさを記録したとされています。これまで現存する最古の星表は、2世紀の天文学者プトレマイオスが残したものとされてきましたが、ヒッパルコスの星表はそれより約300年古いことになります。望遠鏡はもちろん、精密な測定器具もない時代に、これほど正確な観測を成し遂げたことは驚くべきことです。
記者の視点:まだ「氷山の一角」にすぎない
現在スキャンされているのは、約200ページある写本のうちわずか11ページです。しかも、この写本のページは世界各地に散逸しており、すべてを集めて解読するには長い時間がかかるでしょう。
日本でも天文学辞典がヒッパルコスの業績を紹介していますが、彼は星表の作成だけでなく、地球の自転軸がゆっくりと向きを変える「歳差運動」を発見した人物としても知られています。もし写本の全ページが解読されれば、古代天文学の知識が大きく書き換えられる可能性があります。
古代の知恵が現代の科学で蘇る
2200年前、望遠鏡もコンピューターもない時代に、一人の天文学者が夜空を見上げて星の位置を記録しました。その記録は修道士の手によって一度は消されましたが、現代の粒子加速器がそれを蘇らせようとしています。古代の知恵と最先端テクノロジーが出会うこの物語は、人類の知への探求が時代を超えて続いていることを示しています。
