進化はランダムだ——生物の教科書にはそう書かれています。突然変異は偶然に起き、環境に合ったものだけが生き残る。ダーウィン以来、進化はそのように理解されてきました。ところが、「進化はランダムではなく予測できることを示した研究が「革命的」と評価される」とEarth.comが報じています。2,000以上の大腸菌ゲノムを機械学習で分析したところ、遺伝子の組み合わせに驚くほど規則的なパターンが見つかったのです。この発見は、薬剤耐性菌の出現リスクをより早く捉える未来を切り開くかもしれません。
細菌の「遺伝子カタログ」パンゲノムとは
まず、この研究を理解するために知っておきたい概念があります。パンゲノムです。
私たち人間の場合、同じ種のメンバーは基本的に同じ遺伝子セットを持っています。ところが細菌の世界は違います。大腸菌を例にとると、すべての大腸菌に共通するコア遺伝子と、一部の菌株だけが持つアクセサリー遺伝子の2種類があります。この「全メンバーの遺伝子を集めたカタログ」がパンゲノムです。
アクセサリー遺伝子が特に重要なのは、細菌が水平伝播という方法で遺伝子を交換できるからです。親から子へ受け継ぐ通常の遺伝とは異なり、まったく別の菌から有利な働きを持つ遺伝子を取り込めるのです。抗生物質への耐性やストレスへの耐性といった能力が、この仕組みで急速に広がります。
機械学習が見つけた「遺伝子の相性」
イギリスのノッティンガム大学とノッティンガム・トレント大学の研究チームは、2,000以上の大腸菌ゲノムを集め、それぞれがどのアクセサリー遺伝子を持っているかを記録しました。そしてこのデータをランダムフォレストと呼ばれる機械学習アルゴリズムに学習させました。
結果は驚くべきものでした。アクセサリー遺伝子の相当な部分について、他の遺伝子のパターンだけから「この遺伝子を持っているかどうか」を予測できたのです。
なぜそんなことが可能なのでしょうか。研究チームによると、遺伝子には「相性」があるのです。補い合う機能を持つ遺伝子は一緒に現れやすく、機能が重複する遺伝子は同時に存在しにくい。つまり、遺伝子の組み合わせは偶然ではなく、自然選択によって長い時間をかけて「整理」されてきたのです。
研究を率いた教授は、この発見の意義を「革命的と言っても過言ではない」と表現しています。
薬剤耐性菌を「先回り」できる可能性
この発見には、すぐに役立つ実用的な意味があります。世界的な問題となっている薬剤耐性菌への対策です。
現在、抗生物質が効かない「スーパーバグ」の出現は、世界保健機関(WHO)が「人類の健康に対する最大の脅威の一つ」と位置づけるほど深刻な問題です。もし遺伝子の組み合わせパターンが予測可能なら、耐性遺伝子と一緒に現れやすい「パートナー遺伝子」を監視することで、耐性菌の出現をより早く検知できるかもしれません。
さらに、合成生物学の分野でも応用が期待されています。どの遺伝子が互いに「共存できる」かがわかれば、新薬やワクチンの開発に活用する微生物を、より効率的に設計できるようになります。
記者の視点:「進化は予測できる」が意味すること
この研究が示しているのは、「進化の結果をすべて予測できる」ということではありません。実際、多くのアクセサリー遺伝子は依然として予測不能な動きを見せます。しかし重要なのは、これまで完全にランダムだと思われていたプロセスの中に、測定可能な構造が存在するという発見です。
日本でも薬剤耐性菌は深刻な課題です。厚生労働省の薬剤耐性(AMR)対策アクションプランでは、主要な薬剤耐性菌について割合を低下させる数値目標が掲げられています。遺伝子の組み合わせパターンから耐性の拡大を予測する技術は、こうした取り組みに新たな武器を提供するでしょう。
ダーウィンの先にある進化生物学の新章
研究チームは、予測可能なパターンが異なる進化系統にまたがって観察されることから、これが単なる祖先からの遺伝ではなく、自然選択と遺伝子間の相互作用によって形作られたものだと結論づけています。
進化はサイコロを振っているだけではなかった。そこには見えないルールがあり、機械学習がそれを初めて可視化した。この研究は、PNASに掲載された一本の論文にとどまらず、進化生物学そのものの見方を変える可能性を秘めています。薬剤耐性菌との戦いから新薬の開発まで、「遺伝子の隠れた法則」が切り開く未来に注目です。
