病院のMRI装置は1.5〜3テスラの磁場を使って体内を画像化しますが、もしその10倍以上の磁場が手のひらサイズに収まったらどうでしょうか。「手のひらサイズの超伝導磁石が42テスラを達成、世界最強級に迫る」と題された論文で、スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETHチューリッヒ)の研究チームが、直径わずか63ミリメートルの超伝導磁石で42テスラという驚異的な磁場を生み出すことに成功しました。
大型施設級の磁場を手のひらに
現在、世界最強の磁石は米フロリダ州にある米国立強磁場研究所が保有する45.5テスラのものです。しかしこの磁石は巨大な装置で、稼働には20メガワットもの電力が必要です。これは一般家庭約6,000世帯分の消費電力に相当します。
それに対して、ETHチューリッヒが開発した磁石は直径63ミリメートル、中心の穴径は3.1ミリメートルと極めてコンパクトです。にもかかわらず、実験では38テスラと42テスラの磁場を達成しました。世界記録の約92%にあたる磁場強度を、手のひらに載るサイズで達成したことになります。
秘密は「テープ巻き」の技術
この小型化を可能にしたのは、REBCO(希土類バリウム銅酸化物)という高温超伝導材料をテープ状にした素材です。超伝導体は低温に冷やすと電気抵抗がゼロになり、大量の電流をロスなく流すことができます。
研究チームは、この超伝導テープを平たい円盤状に巻いた「パンケーキコイル」を何層も積み重ねる方式を採用しました。従来の設計よりも短いテープで磁場を小さな体積に集中させられるのがポイントです。
さらに工夫されたのが「継ぎ目なし」の構造です。通常、磁石の各部品をつなぐ接合部では熱が発生しエネルギーが失われます。しかし今回のコイルは連続したテープ構造を採用することで、エネルギー損失を大幅に抑えました。巻線間の絶縁材を省くことで、より高密度にコイルを構成できる設計になっています。1,000アンペア以上の電流を流す実験で、38テスラと42テスラの磁場生成に成功しました。
記者の視点:「卓上NMR」が研究を変える可能性
この技術が最も期待されるのは、NMR(核磁気共鳴)装置の小型化です。NMRは分子の構造を調べるための分析手法で、創薬や材料科学の研究に欠かせません。しかし高性能なNMR装置ほど大型化しやすく、導入や運用の負担が大きいのが現状です。
もし今回の超伝導ミニ磁石の技術が実用化されれば、高磁場のNMR装置を大幅に小型化できる可能性があります。大学の研究室や企業の品質管理部門など、より多くの場所で高精度な分子分析が行えるようになるかもしれません。
日本は超伝導技術の研究開発で世界をリードしてきた歴史があります。リニア中央新幹線にも超伝導磁石が使われる予定であり、今回の小型化技術が日本の研究機関や産業界にどのような波及効果をもたらすか、注目に値します。
「小さくて強い」が切り開く新時代
研究チームは論文の中で、高温超伝導磁石だけで42テスラ級の磁場を実現できる可能性を示したとし、コンパクトで利用しやすい高磁場技術への道を開いたことを強調しています。論文は学術誌Science Advancesに掲載されました。
かつては大型施設でしか得られなかった超強力磁場を生み出す磁石そのものの小型化が、現実味を帯びてきました。「小さくて強い」という発想の転換が、科学の現場を大きく変える日はそう遠くないかもしれません。
