「AIに仕事を任せたい」。そう思ったことがある人は多いはずです。メールの返信、予約の手配、ファイルの整理――そんな面倒なタスクを、AIが自律的にこなしてくれるフレームワークが中国で爆発的にヒットしています。その名もOpenClaw。Fortune誌は「ロブスターを飼う:OpenClawはいかにして中国AI業界を変えたか」と題した記事で、この熱狂の全貌を伝えています。
テンセント本社に1000人が行列した日
OpenClawは、オーストリアの開発者が2025年11月に公開したオープンソースのAIエージェントフレームワークです。AI本体ではなく、AIに「どうやってタスクを分解するか」「どのツールを使うか」「過去の行動を覚えておく方法」を教える"司令塔"のような存在です。WhatsAppやTelegram、Discordといった普段使いのメッセージアプリから指示を出すだけで、メールの自動返信やレストランの予約まで自律的にこなしてくれます。
中国での火付け役となったのは2026年1月末のことでした。深圳にあるテンセント本社前には約1000人が行列し、ノートPCにOpenClawをインストールしてもらう光景が見られました。アリババクラウド、バイトダンスの火山エンジン、JD.com、バイドゥといった巨大テック企業が次々とOpenClaw対応を表明し、独自の派生版を投入しました。中国のネットでは、AIエージェントを自分で構築・運用することを「ロブスターを飼う」と呼ぶスラングまで生まれています。
地方政府も「ロブスター」に賭ける
熱狂はテック企業にとどまりません。深圳市龍崗区はOpenClawを活用したスタートアップに最大1000万元(約2億3000万円)の助成金を用意。無錫市もロボティクスや産業分野での応用に最大500万元(約1億1400万円)を提示しました。地方政府がAIエージェント関連のスタートアップ支援を打ち出している点は注目に値します。
こうした官民一体の追い風もあり、2026年2月には中国製AIモデルのトークン利用量が初めてアメリカ製を上回りました。MiniMaxが提供するMaxClawの人気を背景に同社の株価は1週間で27.4%上昇し、テンセント株も8.9%上昇するなど、市場も強く反応しています。
セキュリティという「落とし穴」
しかし、急成長には影もあります。OpenClawのエージェントはプロンプトインジェクションと呼ばれる攻撃に悪用された事例が報告されています。これはAIに悪意のある指示を埋め込み、財務データや暗号資産の秘密鍵を外部に送信させたり、メールやコードを勝手に削除させたりする手口です。
中国当局も警戒を強めており、政府機関や国有企業に対してOpenClawを業務端末にインストールしないよう通達しました。中国工業情報化部も公式にセキュリティリスクを警告しています。「使えるけど危ない」という、AIエージェント時代ならではのジレンマが浮き彫りになっています。
オープンソースの光と影
中国企業はオープンソース戦略を国際展開の武器にしています。アリババのQwen(通義千問)モデルファミリーは全世界で10億ダウンロードを突破し、20万人以上の開発者が利用。Airbnbの経営陣は、カスタマーサービスにアリババのモデルを採用していることを認めました。シンガポール政府のAIプログラムも東南アジア言語への対応にQwenを採用しています。
一方で内部の軋轢も表面化しています。Qwenの技術リーダーでオープンソース戦略の推進役だった人物が2026年3月に突如退社。収益化を優先したい経営陣とオープンソースの理念を重視する開発チームとの対立が報じられています。MiniMaxも2025年の売上が約126億円に対して純損失は約2866億円と、まだ利益には遠い状態です。
記者の視点:日本が学ぶべき「速さ」と「危うさ」
テンセント本社に並ぶ1000人の行列は、単なる流行ではありません。中国ではAIエージェントが「研究段階」から「生活インフラ」へ一気に移行しつつあります。地方政府の助成金からも分かるように、官民一体でのAIエージェント実装のスピードは、日本とは比べものになりません。
ただし、プロンプトインジェクションによる被害や、当局自身がセキュリティリスクを警告している現状は、「走りながら考える」中国式のリスクも示しています。日本企業がAIエージェントを導入する際には、この中国の実験から「採用の速さ」と「安全対策の不可欠さ」の両方を学び取る必要があるでしょう。
AIエージェント時代の幕開けは「ロブスター」から
OpenClawの爆発的流行は、AIが「チャットで質問に答えるもの」から「自律的に行動するもの」へ進化する転換点を象徴しています。中国という巨大な実験場で明らかになりつつあるメリットとリスクは、やがて世界中のAI導入の指針になるはずです。次にあなたのスマホに届くメッセージは、もしかしたらAIが書いたものかもしれません。
