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CO2を燃料に変える「単一原子触媒」、スイスの研究チームが効率を大幅改善

工場の煙突やクルマの排気管から出るCO2。地球温暖化の元凶とされるこの厄介者を、価値ある燃料に変えられるとしたらどうでしょうか。「CO2を燃料に変えるブレークスルー単一原子触媒」とScienceDailyが報じた研究によると、スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH Zurich)の研究チームが、CO2からメタノールを作る効率を劇的に改善する新しい触媒を開発しました。その秘密は、金属を「原子1個ずつ」使うという発想の転換にあります。

なぜCO2からメタノールなのか

メタノールは、燃料としても化学原料としても使える万能な物質です。研究を率いた教授は「メタノールはプラスチックや燃料など幅広い化学品の出発原料になる、いわば化学の"スイスアーミーナイフ"」と表現しています。

CO2と水素からメタノールを合成する技術自体は以前から存在します。しかし、この反応を起こすには高いエネルギーの壁を越える必要があります。その壁を低くする役割を果たすのが触媒です。触媒は化学反応に必要なエネルギーを減らす「反応の助っ人」で、工業化学の世界ではなくてはならない存在です。

もし使う水素や電力が再生可能エネルギーから来ていれば、メタノール生産はカーボンニュートラルになります。大気中のCO2を回収して原料にすれば、温室効果ガスを「資源」として活用できるのです。

「原子1個」が触媒の常識を変える

従来の触媒では、金属をナノ粒子(数百〜数千個の原子の塊)にして使っていました。しかし粒子の内部にある原子は反応に関与しません。表面の原子だけが実際に「働いている」のに、内部の原子は反応に寄与しません。希少で高価な金属の利用効率が低い構造だったのです。

ETH Zurichのチームが開発した単一原子触媒は、この無駄を根本から解消しました。金属のインジウムを1個ずつ、酸化ハフニウムという土台の表面に固定するのです。すべての金属原子が反応に参加するため、同じ量の金属でもはるかに高い触媒性能を発揮します。

研究チームの実験では、この単一原子触媒はインジウムをナノ粒子として使った場合よりも効率的にCO2からメタノールを合成できることが確認されました。研究成果は学術誌Nature Nanotechnologyに掲載されています。

2,000℃の炎が生む「頑丈な原子配置」

1個1個の原子を土台の上に安定して固定するのは、技術的に大きな挑戦です。原子は互いに集まってナノ粒子を形成しやすい性質があるからです。

ETH Zurichのチームは複数の合成法を開発しましたが、その一つが「火炎合成法」です。原料を2,000〜3,000℃という超高温の炎の中で処理し、急速に冷却します。この過程でインジウム原子は酸化ハフニウムの表面にしっかりと埋め込まれ、簡単には動かなくなります。

こうして作られた触媒は驚くほど頑丈で、メタノール合成に必要な最大300℃の高温と大気圧の50倍という過酷な条件にも耐えられます。工業利用を見据えた実用的な耐久性を備えているのです。

記者の視点:「見える触媒」が研究を加速する

この研究のもう一つの大きな意義は、触媒の「見える化」です。従来のナノ粒子触媒では、反応に関わらない内部の原子からのノイズが測定を邪魔するため、何が実際に起きているのかを正確に把握するのが困難でした。

単一原子触媒では、存在する原子すべてが反応に関与するため、反応のメカニズムをはるかにクリアに観察・分析できます。これは科学者にとって「暗闇で手探りしていた作業に、突然照明がついた」ようなものです。メカニズムが見えれば、さらに優れた触媒を理論的に設計できるようになり、研究開発のスピードが格段に上がります。

日本は触媒技術で世界トップクラスの実力を持つ国です。今回の成果は、日本の化学メーカーや研究機関にとっても、CO2を利用した新たなメタノール合成法の開発に向けた重要なヒントとなるでしょう。

CO2が「厄介者」から「資源」になる日

研究チームを率いる教授は2010年からCO2ベースのメタノール合成に取り組んでおり、産業界とも密接に連携しています。今回の単一原子触媒が示したのは、希少金属を最大限に活かしつつ、CO2を価値ある化学品に変換する道筋です。

脱炭素社会の実現に向けて、CO2を単に「減らす」のではなく「活用する」という発想が注目を集めています。原子1個の力が、その未来を一歩近づけたのかもしれません。