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「原子核時計」がついに実現へ、数十年の研究が結実する2026年

スマートフォンの時計、電車の運行管理、カーナビのGPS。私たちの日常は「正確な時間」に支えられています。しかし、時計の精度が大きく塗り替わろうとしています。「幻の「原子核時計」が数十年の研究を経て実現に近づいている」とNature誌が報じたところによると、原子核のエネルギー遷移を利用した超高精度の時計が、2026年中にも試験的な測定に成功する見通しです。世界で約12の研究チームがしのぎを削り、日本の研究機関も重要な役割を果たしています。

「原子核時計」は何がすごいのか

時計の仕組みは、突き詰めれば「規則正しく繰り返される出来事を数える」ことです。振り子時計なら振り子の往復、クオーツ時計なら水晶の振動がその「出来事」にあたります。

現在、世界最高精度を誇るのは光学式原子時計です。原子の周りを回る電子がエネルギー状態を変えるときに出す光の振動を数えます。その精度は400億年に1秒しか狂わないという驚異的なレベルです。宇宙の年齢(約138億年)の3倍近い時間が経っても、たった1秒のズレしか生じません。

では、なぜさらに上を目指すのでしょうか。原子核時計は電子ではなく、原子の中心にある原子核のエネルギー遷移を利用します。原子核は電子よりもはるかに小さく、外部の電磁場や温度変化の影響を受けにくいため、理論上はさらに高い精度が期待できます。加えて、ノイズに強く小型化しやすいという特長があり、研究室の外でも使える「実用的な超精密時計」になり得るのです。

トリウム229という「奇跡の原子核」

原子核時計の鍵を握るのがトリウム229という放射性同位体です。通常、原子核のエネルギー遷移には数百万電子ボルト(eV)という巨大なエネルギーが必要で、レーザーで操作することは不可能です。ところがトリウム229の原子核は、わずか約8.3eVという極めて低いエネルギーで励起できる特異な性質を持っています。これは紫外線レーザーで届く範囲であり、半世紀前に予言されていたものの、長年その正確な値が分かりませんでした。

転機となったのは2024年の実験です。米国JILAの研究チームが光周波数コムと呼ばれる技術を使い、約3000万の周波数を同時に結晶に照射することで、トリウム229の核遷移エネルギーを超高精度で特定することに成功しました。この成果により、原子核時計の実現に向けたカウントダウンが本格的に始まりました。

「148ナノメートル」のレーザーを求めて

しかし、実際に原子核時計を動かすには、波長約148nmの連続波紫外線レーザーが必要です。これは通常の可視光(350〜750nm)よりもはるかに短い波長で、原子核時計を安定駆動できるレベルのレーザーは、まだ確立されていません。

最も有望な成果を上げているのが中国・清華大学のチームです。2026年2月にNature誌に掲載された論文で、148.4nmで100ナノワットの出力を達成したことを報告しました。ただし、この方式はカドミウムという有毒な金属を550℃に加熱する必要があり、長期運用への課題を指摘する声もあります。

一方、米UCLAの研究者は、レーザー励起によって測定可能な電流が生じることを発見し、トリウムを鋼鉄に電着させるという簡便な手法も開発しています。

日本チームの貢献

原子核時計の研究では、日本も重要なプレーヤーです。2026年1月には、理化学研究所や京都大学、大阪大学などの国際共同チームが、大型放射光施設SPring-8を使った実験成果を発表しました。結晶の中に埋め込んだトリウム229の核状態を「リセット」するメカニズムの解明に取り組んだもので、実用的な固体型原子核時計の実現に不可欠な知見です。

このほか、東北大学やJAXA宇宙科学研究所なども関連研究に参加しており、日本は世界約12チームの一角として存在感を示しています。

記者の視点:時計の精度が変える「測れるもの」

原子核時計がもたらすのは、単に「もっと正確な時計」ではありません。時間の精度が上がることで、これまで「測れなかったもの」が測れるようになります。

例えば、GPSの精度は原子時計の性能に直結しています。より精密な時計は、衛星測位の精度向上やセンチメートル級測位の安定化に寄与する可能性があります。また、重力が時間の流れを変えるという一般相対性理論の効果を利用して、地球内部の構造や火山活動を「時間のズレ」から観測することも理論上は可能です。

さらに、物理学の根幹に関わる問いにも挑めます。「微細構造定数などの基礎物理定数は、宇宙の歴史を通じて本当に一定なのか?」という問いは、現在の時計の精度では答えられません。原子核時計なら、その微小な変動を検出できるかもしれないのです。

2026年、超精密時計の新時代が幕を開ける

2026年3月にデンバーで開かれたAPS世界物理学サミットでは、複数チームが進捗を報告し、「2026年中に原子核時計の測定が実現する」という楽観的な見通しが示されました。50年以上にわたる挑戦が、ようやく実を結ぼうとしています。

私たちが日々何気なく確認する「時刻」の裏側で、物理学の最先端が静かに動いています。原子核時計の実現は、計測技術の革新にとどまらず、宇宙や物質の根本を探る新しい窓を開くことになるでしょう。