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CRISPR遺伝子編集の「誤爆」、原因はDNAのねじれだった Nature論文が解明

遺伝子を自在に書き換えられる「ゲノム編集」。その中核技術であるCRISPR-Cas9は、がんや遺伝性疾患の治療に革命をもたらすと期待されています。しかし、狙った場所以外のDNAまで切ってしまう「オフターゲット効果」が安全性の大きな壁でした。なぜ、正確に設計したはずの「はさみ」が見当違いの場所を切ってしまうのか。「CRISPR-Cas9のオフターゲット活性の構造的基盤」と題されたNature論文が、その答えをDNAの「形」に見出しました。

DNAの「ねじれ」が精度を狂わせる

CRISPR-Cas9は、ガイドRNAと呼ばれる「住所カード」を頼りに、DNAの特定の場所を見つけて切断します。これまでの研究では、住所カードの文字列(塩基配列)の一致度が精度を左右すると考えられてきました。

ところが、研究チームが着目したのはDNAの物理的な形状です。教科書ではDNAはまっすぐな二重らせんとして描かれますが、実際の細胞内では「スーパーコイリング」と呼ばれるねじれた状態で存在しています。ちょうどねじった輪ゴムが絡み合うように、DNAのらせんが緩んだり締まったりしているのです。

研究チームは、このねじれの度合いが、Cas9の切断精度に大きく影響することを突き止めました。まっすぐなDNAでは切断されない配列が、ねじれた状態にすると切断されてしまうのです。

「ダイヤモンドリング」が映し出した真実

英国のインペリアル・カレッジ・ロンドンとMRC医科学研究所、シェフィールド大学の研究チームは、独自に開発した「DNAミニサークル」という小さな環状DNAを使って実験しました。この環状DNAは細胞内と同じようにねじれた状態を保てるため、より現実に近い条件での観察が可能です。

クライオ電子顕微鏡で解析した構造には、Cas9がDNAミニサークルに結合した姿がダイヤモンドの指輪のように映し出されました。この高解像度の構造から、驚くべきメカニズムが明らかになりました。

DNAがねじれていると、Cas9のDNA切断を担うHNHドメインという部位が、通常より約1.5ナノメートル、標的DNAに近づくことが分かりました。わずかな距離ですが、この変化によって酵素は「切断準備完了」の状態に近づきます。さらに、ガイドRNAとDNAの配列が完全に一致しなくても、ねじれたDNA上では新しい結合パターンが生まれ、ミスマッチが許容されてしまうのです。

記者の視点:年間数百億〜1000億円超の対策コストを減らせるか

オフターゲット効果の問題は、学術的な関心にとどまりません。研究チームによると、製薬業界ではオフターゲット効果への対策に年間約480億〜1440億円ものコストがかかっていると推定されています。ガイドRNAの再設計、安全性の検証、臨床試験の遅延など、一つひとつの「誤爆」が膨大な時間と費用を生んでいるのです。

2023年から2024年にかけて、英国と米国でCRISPR-Cas9を用いた初の遺伝子治療が承認されました。対象は鎌状赤血球症などの血液疾患で、患者の人生を変える画期的な成果です。しかし日本では、CRISPR治療はまだ承認されておらず、複数の臨床試験が進行中の段階です。

今回の発見が重要なのは、従来の高精度Cas9の設計がまっすぐなDNAを前提にしていたという点です。細胞の中でDNAが実際にとっている「ねじれた形」を考慮に入れることで、次世代のより安全なCRISPR技術の開発につながる可能性があります。

DNAの「形」を味方につける次世代ゲノム編集へ

今回の研究は、CRISPR-Cas9の精度を左右するのが塩基配列だけではないことを初めて原子レベルで示しました。DNAの物理的なねじれという、これまで見過ごされてきた要因を「見える化」したことで、ゲノム編集技術の改良に新たな設計指針が加わります。

研究チームは今後、この知見を基に「DNAの形を考慮した」高精度CRISPR酵素の開発を目指すとしています。がん治療や遺伝性疾患の克服に向けて、ゲノム編集の「はさみ」はさらに正確になっていくかもしれません。