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太陽電池の「不可能」を突破、九州大学が量子収率130%を達成

屋根に載せたソーラーパネルの発電効率が、ある日を境に一気に跳ね上がる。そんな未来が少しだけ近づいたかもしれません。「太陽電池が130%の量子収率で"不可能"を達成」と題された報道によると、九州大学とドイツのヨハネス・グーテンベルク大学マインツの共同チームが、従来の理論的な壁を超える成果を挙げました。1つの光の粒から、複数のエネルギーキャリアを生み出す。その仕組みと意義を解説します。

太陽電池が抱える「33%の壁」

現在普及しているシリコン太陽電池には、ショックレー・クワイサー限界と呼ばれる理論上の天井があります。1961年に提唱されたこの法則では、単一の接合をもつ太陽電池が太陽光から電気に変換できる効率は最大でも約33%。残りの約67%は熱として逃げてしまいます。

なぜそうなるのか。太陽光にはさまざまなエネルギーの光が含まれていますが、エネルギーが低すぎる赤外線は電子を動かせず、逆にエネルギーが高すぎる光は余分なエネルギーを熱として捨ててしまいます。つまり、ちょうどいいエネルギーの光しか効率よく使えないのです。

この壁を突き破る鍵として注目されているのが、一重項分裂という現象です。

1つの光子をきっかけに2つの励起子を生む「一重項分裂」

一重項分裂とは、1つの光子が吸収されて生まれた高エネルギーの励起子が、2つの低エネルギーの励起子に分かれる量子力学的なプロセスです。簡単に言えば、「光1粒でエネルギー担体を2つ作る」という離れ業。理論上は量子収率が200%、つまり吸収した光子の2倍のエネルギーキャリアを得ることも可能です。

しかし、実際にこの現象を太陽電池に応用するのは簡単ではありませんでした。分裂で生まれた2つの励起子を効率よく回収する方法が見つかっていなかったのです。特にフェルスター共鳴エネルギー移動(FRET)と呼ばれる現象によって、せっかく分裂した励起子のエネルギーが失われてしまう問題がありました。

モリブデン錯体が「選り分ける」新技術

九州大学とヨハネス・グーテンベルク大学マインツの研究チームは、この課題をモリブデン系の金属錯体で解決しました。この錯体は「スピン反転発光体」と呼ばれ、一重項分裂で生まれた三重項励起子だけを選択的に捕まえる性質を持っています。

研究チームはテトラセンという有機半導体で一重項分裂を起こし、そこで生まれた三重項励起子をモリブデン錯体で受け取る仕組みを構築しました。FRETによるエネルギー損失を回避しつつ、分裂後の励起子を効率よく集めることに成功したのです。

その結果、量子収率は約130%を記録。吸収された光子1つに対して、約1.3個のモリブデン錯体が励起されたことになります。吸収した光子1個あたり1.3個分の励起状態を取り出せたことになり、従来の常識を覆す成果です。この研究は2026年3月25日、米国化学会誌(JACS)に掲載されました。

記者の視点:日本発の基礎研究が描くエネルギーの未来

今回の成果はまだ溶液中での概念実証の段階であり、すぐに市販のソーラーパネルが高性能になるわけではありません。実用化には、同じ仕組みを固体のデバイスで再現し、長期間安定して動作させるという大きなハードルが残っています。

それでも、この研究のインパクトは大きいと言えます。一重項分裂を活用すれば、単接合太陽電池の理論効率を33%から最大46%程度まで引き上げられるとされています。現在の技術では捨てていた高エネルギーの光を有効活用できるようになれば、同じ面積のパネルからより多くの電力が得られます。

九州大学は以前から一重項分裂の研究で世界をリードしてきた機関の一つです。日本は太陽光発電の導入が進む一方で、設置面積の確保が課題となっています。限られたスペースでより多くの電力を生む高効率パネルの実現は、日本のエネルギー事情にとって大きな意味を持つでしょう。

「光1粒の可能性」が広がる時代へ

研究チームは今後、この材料を固体デバイスに組み込む実験を進める予定です。さらに、太陽電池だけでなくLED技術や量子コンピューティングへの応用も視野に入っています。

1つの光子から生み出せるエネルギーキャリアの数が増えれば、再生可能エネルギーの可能性は大きく広がります。屋根の上のパネルの発電量が、今より大きく伸びる日が来るかもしれません。九州大学発の基礎研究が、そんな未来への一歩を踏み出しました。