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ペットボトルがパーキンソン病の薬に変わる、英研究チームが大腸菌で実現

コンビニで買ったお茶のペットボトル。飲み終わったらリサイクルボックスに入れるのが日本では当たり前の光景です。しかしそのペットボトルが、いつか誰かの命を支える薬になるとしたらどうでしょうか。「プラスチック廃棄物をパーキンソン病治療薬に変える方法を科学者が発見」とScienceAlertが報じたところによると、英国エディンバラ大学の研究チームが、遺伝子改変した大腸菌を使ってペットボトルの素材からパーキンソン病の治療薬を作り出すことに成功しました。プラスチック汚染と医薬品製造という2つの課題を同時に解決しうる、画期的な研究です。

「ゴミ」から「薬」への変換ルート

今回の研究で鍵となるのは、ペットボトルや食品包装に広く使われるプラスチック素材PET(ポリエチレンテレフタレート)です。世界で年間約5000万トンが生産されるこの素材を、パーキンソン病治療の「ゴールドスタンダード」とされる薬レボドパに変換するというのが研究の核心です。

レボドパは脳内でドパミンに変わり、パーキンソン病の主な症状である手足の震えや筋肉のこわばりを改善します。日本だけでも約20万人の患者がこの病気と向き合っており、レボドパは彼らの日常生活を支える不可欠な薬です。

変換のプロセスはこうです。まずPETを化学的に分解し、構成成分の一つであるテレフタル酸を取り出します。次に、遺伝子改変された大腸菌がこのテレフタル酸を吸収し、体内の酵素反応を経てレボドパへと変換します。具体的には、3種類の異なる細菌から取り出した遺伝子を大腸菌に組み込むことで、テレフタル酸→カテコール→レボドパという段階的な化学変換を実現しました。

この手法で変換率84%、収量5.0 g/Lを達成しています。研究段階としては有望な数値であり、実用化に向けた基礎データとして注目されます。

化石燃料に頼らない薬づくり

この研究の意義は、単にプラスチックを再利用するだけにとどまりません。現在のレボドパ製造は化石燃料に大きく依存しています。石油由来の原料を使い、高温・高圧の化学反応で合成するのが一般的です。

大腸菌による生物変換は、室温に近い温和な条件で進むため、エネルギー消費を大幅に削減できます。廃プラスチックという「ゴミ」を出発点にすることで、原料調達の面でも化石燃料への依存から脱却できる可能性があります。

研究チームは、この技術がプラスチック汚染問題の解決策になるとは考えていません。世界で年間約1億トンが廃棄されるプラスチックのうち、レボドパの世界需要を全てこの方法でまかなったとしても、消費できるのはごくわずかです。一方で研究チームは、「廃プラスチックは環境問題であると同時に、膨大な未利用の炭素資源でもある」と指摘しています。

PETからアセトアミノフェンを合成した実績も

エディンバラ大学のこの研究室は、以前にもPETプラスチックから解熱鎮痛薬のアセトアミノフェンを合成することに成功しています。つまり、出発物質(PET)と到達物質(医薬品)の組み合わせは、レボドパに限らず多くの可能性を秘めているのです。

この研究はNature Sustainabilityに2026年3月16日付で掲載されました。英国の工学・物理科学研究会議(EPSRC)が資金の一部を提供しています。

記者の視点:日本のリサイクル文化が「薬の原料庫」になる日

日本のPETボトルリサイクル率は約86%と世界トップクラスです。しかし現状では、回収されたPETの多くは繊維やシートなど、元の品質より低い用途に再利用される「ダウンサイクル」にとどまっています。もし今回のような技術が実用化されれば、廃PETが高価値な医薬品原料に化ける「アップサイクル」が現実になります。

もちろん、現時点では実験室レベルの成果であり、工業規模への拡大には多くのハードルが残っています。しかし、ゴミ箱の中のペットボトルが誰かの薬になる未来は、確実に一歩近づきました。

プラスチックの「第二の人生」が始まる

世界中の研究者たちが、プラスチック廃棄物を環境中に放置したり埋め立てたりするのではなく、有用な物質に変換する技術の開発に取り組んでいます。今回の研究はその最前線にある成果です。ペットボトル1本が、いつか神経疾患に苦しむ患者の手に届く薬の原料になる。そんな循環型社会の姿が、少しずつ現実味を帯びてきています。