「人類はアフリカで生まれた」。学校の教科書で誰もが一度は目にしたことのある記述です。しかし、アフリカのどこで生まれたのかという問いには、まだ決定的な答えが出ていません。「人類の起源を探す場所が間違っていたと科学者が指摘」とScienceDailyが報じた新たな化石の発見は、長年の定説に疑問を投げかけています。エジプト北部で見つかった約1800万年前の化石類人猿が、私たちの祖先の起源を東アフリカから北アフリカ・中東へと大きく書き換えるかもしれません。
砂漠から現れた「エジプトの猿」
発見されたのはマスリピテクス・モグラエンシスという新種の化石類人猿です。属名の「マスリピテクス」はアラビア語でエジプトを意味する「マスル」に由来し、種小名は発見地であるエジプト北部のワディ・モグラにちなんで命名されました。
この化石は下あごの一部で、約1700万〜1800万年前の中新世と呼ばれる時代のものです。化石としては限られた部位ですが、非常に大きな犬歯と小臼歯、丸みを帯びて表面の凹凸が強い臼歯、そして頑丈なあごという、同時代の他の類人猿にはない独特の特徴を持っていました。
研究チームの分析によると、マスリピテクスは主に果実を食べていたものの、気候変動で食料が乏しくなった時期にはナッツや硬い種子もかみ砕ける柔軟な食性を持っていたと考えられています。
「探す場所が間違っていた」
この化石の重要性は、見つかった「場所」にあります。これまで人類や現生類人猿の祖先を探す研究は、タンザニアやケニアなど東アフリカに集中してきました。しかしマスリピテクスが見つかったのは、そこから数千km離れたエジプト北部です。
研究チームはベイズ先端年代法という統計的手法を使い、化石の形態と年代を組み合わせて系統関係を分析しました。その結果、マスリピテクスは現生の類人猿すべて(ヒトを含む)からなる系統にきわめて近い化石種であることが示されたのです。
この発見から、研究チームは現生類人猿の起源が北アフリカ、レバント地方(現在の中東沿岸部)、あるいは東地中海地域にある可能性を提案しています。エジプトのマンスーラ大学と米国の南カリフォルニア大学を中心とする国際チームによるこの研究は、Science誌に2026年3月26日付で掲載されました。
化石記録の「空白地帯」が鍵を握る
科学者たちは、最も初期の類人猿が約2500万年以上前にアフロ・アラビア(アフリカ大陸とアラビア半島が一体化していた陸塊)で出現したことでは概ね一致しています。その後、約1400万〜1600万年前にユーラシア大陸へと広がったことも分かっています。
しかし、その間の時期——つまり初期の類人猿から現生の類人猿が分かれた「決定的な瞬間」については、化石記録がきわめて乏しいのが現状です。これまでの発見が東アフリカの限られた地域に偏っていたため、広大な北アフリカや中東地域はほとんど調査されてきませんでした。
マスリピテクスの発見は、まさにこの「空白地帯」を埋める一歩です。
記者の視点:「人類のゆりかご」は一つではないかもしれない
東アフリカの大地溝帯は「人類のゆりかご」と呼ばれ、多くの初期人類化石が発見されてきました。しかし、それは単にそこを重点的に掘ったからかもしれません。エジプトの砂漠やレバント地方には、まだ見つかっていない化石が眠っている可能性があります。
今回の研究は、たった一つの下あごの化石から進化の大きな絵を描き直そうとする挑戦です。新しい化石がさらに見つかれば、教科書に載っている「人類の進化の地図」が塗り替えられる日が来るかもしれません。
進化の謎に近づく、新たな手がかり
約1800万年前のエジプトに暮らしていた1頭の類人猿。その下あごの化石が語るのは、私たちが自分たちの起源について、まだ知らないことがたくさんあるという事実です。人類はどこから来たのか。その答えは、これまで誰も掘っていなかった場所に隠れているのかもしれません。
