せっかく出したごはんを少しだけ食べて、プイとどこかへ行ってしまう。猫と暮らす人なら一度は経験したことがあるはずです。「もうお腹いっぱいなのかな」と思いきや、しばらくすると別のおやつには勢いよく食いつく。あの不思議な行動の正体が、ついに科学的に解明されました。「猫がごはんを残す理由を日本の研究チームが発見」と報じられた岩手大学の研究は、カギが「匂い」にあることを突き止めたのです。
3年がかりの実験が明かした「匂いへの慣れ」
岩手大学農学部の研究グループは、2023年1月から2026年2月までの約3年間にわたり、3歳から15歳の健康な雑種猫12匹を対象に実験を行いました。
実験の手順はシンプルです。まず猫を16時間絶食させた後、10分間の食事と10分間の休憩を1セットとして、これを6回繰り返します。その間、与える餌や匂いの条件を変えながら、猫がどれだけ食べるかを詳しく記録しました。
結果は明快でした。同じ餌を繰り返し与えると、猫の食べる量は回を追うごとに減っていきました。多くの猫が途中でごはんを残すようになったのです。ところが、別の種類の餌に切り替えると、食欲がみるみる回復しました。
さらに興味深いのは、実際の餌はまったく同じものなのに、匂いだけを別の餌のものに変えた場合でも、猫が再び食べ始めたという発見です。つまり、猫がごはんを残すのは「お腹がいっぱいだから」ではなく、「その匂いに飽きたから」だったのです。
猫が「少量多食」する進化的な理由
この研究が明らかにしたメカニズムは、「嗅覚順応」と「脱順応」と呼ばれるものです。同じ匂いに繰り返しさらされると感受性が鈍くなり、新しい匂いが現れると再び敏感になる。この切り替えが、猫の摂食意欲に強く関わっていることが示されました。
研究チームは、この匂い駆動のメカニズムこそが、猫に特有の「少しずつ何度も食べる」という行動パターンの背景にあると考えています。野生の猫は小さな獲物を1日に何度も捕まえて食べる習性があります。一つの獲物の匂いに慣れたら次の獲物を探しに行く。嗅覚順応は、猫がさまざまな食物を摂取するよう促す生存戦略だった可能性があるのです。
研究成果は国際学術誌Physiology & Behaviorに2026年4月1日付で発表されました。
記者の視点:病気の猫を救うヒントにも
この研究が持つ意味は、猫の行動の謎を解いたことだけにとどまりません。研究を率いた宮崎教授は「病気で食が細くなった猫でも、匂いを加えるなどすることで食欲の回復や摂取量の増加につながれば」と語っています。
高齢や病気で食欲が落ちた猫の栄養管理は、多くの飼い主と獣医師にとって切実な課題です。単にフードの種類を変えるだけでなく、「匂いだけを変える」というシンプルなアプローチが有効だとすれば、実践のハードルは格段に下がります。例えば、いつものフードに別の香りを加えるといった工夫が、食欲の回復につながる可能性があります。
また、ペットフードメーカーにとっても示唆は大きいでしょう。栄養バランスを変えずに香りのバリエーションだけを増やした製品や、香りを後からつけ足せるふりかけタイプの商品開発につながるかもしれません。
猫の「わがまま」は、実は合理的だった
「うちの猫はわがまま」「飽きっぽい」と思っていたあの行動が、じつは嗅覚という感覚システムに基づいた合理的な仕組みだった。岩手大学の3年がかりの研究は、身近な疑問に科学で光を当てた好例です。
日本は約900万匹の猫が暮らす「猫大国」です。今夜、愛猫がごはんを残したら、怒る前にちょっと匂いを変えてみてください。それだけで、猫との食事の時間が少しだけ穏やかになるかもしれません。
