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宇宙の膨張速度、精密測定でも「速すぎる」謎が解けない 現代物理学の限界か

夜空を見上げると星が静かに輝いていますが、宇宙全体に目を向けると、遠くの銀河ほど私たちから速く遠ざかっています。宇宙そのものが膨張しているからです。しかし「どのくらいの速さで膨張しているか」を測ると、方法によって答えが食い違う。この問題が、きわめて高い精度の測定でもなお解消されていないことが示されました。「宇宙の膨張速度は速すぎ、科学者にはまだ説明できない」とScienceDailyが報じた国際共同研究の成果を紹介します。

「ハッブル張力」とは何か

宇宙の膨張速度はハッブル定数と呼ばれる値で表されます。1929年に天文学者エドウィン・ハッブルが発見した法則に基づくもので、遠くの銀河ほど速く遠ざかるという関係です。

問題は、このハッブル定数を測る方法が大きく分けて2つあり、両者の結果が合わないことです。

  • 近傍宇宙の直接観測: 変光星や超新星など「宇宙の目印」を使って銀河までの距離を測り、その遠ざかる速さから計算する方法。結果は約73 km/s/Mpc
  • 初期宇宙からの間接推定: ビッグバンの残光である宇宙マイクロ波背景放射のパターンから、宇宙の成り立ちを計算して導き出す方法。結果は約67〜68 km/s/Mpc

この約8%の食い違いが「ハッブル張力」と呼ばれ、現代宇宙論で最大の謎のひとつになっています。km/s/Mpcとは「326万光年離れるごとに秒速何kmずつ速くなるか」を示す単位です。

過去最高精度でも答えは変わらなかった

今回の研究を行ったのは、H0距離ネットワーク(H0DN)共同研究チームです。従来の研究では1つか2つの測定手法に頼ることが多かったのですが、H0DNはまったく異なるアプローチを取りました。

セファイド変光星、赤色巨星分枝の先端(TRGB法)、Ia型超新星、銀河の表面輝度ゆらぎ(SBF)など、8種類の距離測定法を網のように組み合わせたのです。数十年にわたる観測データを統合し、得られた値は73.50±0.81 km/s/Mpc。誤差わずか約1%という驚異的な精度です。

さらに重要なのは、8つの手法のうちどれか1つを除外しても結果がほとんど変わらなかったことです。つまり、特定の測定方法だけに由来するずれでは説明しにくいことが示されました。この論文は2026年4月10日に学術誌Astronomy & Astrophysicsに掲載されています。

「未知の物理」が必要になるかもしれない

食い違いが既知の測定上の問題だけでは説明できないとすると、何が原因なのでしょうか。研究チームは、現在の宇宙論の標準モデル(ラムダCDMモデル)では説明できない「新しい物理」が存在する可能性を指摘しています。

候補として挙げられているのは次のようなものです。

  • ダークエネルギーの性質の変化: 宇宙の膨張を加速させているダークエネルギーが、これまで考えられていたように一定ではなく、時間とともに変化しているかもしれない
  • 未発見の素粒子: ニュートリノに似た軽い粒子など、未知の成分が初期宇宙の膨張に影響を与えていた可能性
  • 重力理論の修正: アインシュタインの一般相対性理論が、宇宙スケールでは完全ではない可能性

いずれも、標準的な宇宙論の見直しにつながり得る仮説です。

記者の視点:「測定の問題」から「物理学の問題」へ

ハッブル張力が注目され始めた当初、多くの研究者は「そのうち測定精度が上がれば解決するだろう」と楽観的に見ていました。しかし測定精度が1%にまで到達した今、楽観論は後退しつつあります。

アストロアーツの報道によると、2025年末にも重力レンズ効果を使った別の手法でハッブル張力が確認されています。手法を変えても、チームを変えても、別のデータを使っても同じ食い違いが出続けるということは、問題が単なる測定上のずれではなく、宇宙論モデルそのものに関わっている可能性を強く示唆しています。

日本の天文学界もこの問題と無縁ではありません。すばる望遠鏡をはじめとする日本の観測設備は、遠方銀河の距離測定や宇宙の大規模構造の解明に貢献してきました。ハッブル張力の解決は、宇宙の年齢や最終的な運命についての私たちの理解を根本から書き換える可能性があります。

宇宙が突きつける「答えのない問い」の先に

今回の研究は、宇宙の膨張速度をめぐる謎が単純な測定技術の問題だけでは説明しにくいことを示しました。言い換えれば、現在の標準的な宇宙論では説明しきれない可能性を示す材料が、またひとつ積み上がったことになります。

次のステップとして期待されているのが、欧州宇宙機関のユークリッド宇宙望遠鏡や、米国のヴェラ・ルービン天文台といった次世代観測施設のデータです。これらは宇宙膨張の歴史をかつてないほど詳細に描き出し、ハッブル張力の原因に迫ることが期待されています。宇宙が私たちに突きつける「速すぎる膨張」の謎は、物理学の次なる大発見への入り口なのかもしれません。