ChatGPTやClaudeなど、私たちが日常的に使うAIの多くはアメリカ生まれです。しかし、工場のロボットや自動車の制御に関わる機密データまで、海外製AIや海外クラウドに委ねてよいのでしょうか。「日本のソフトバンク、国産AI開発の新会社を設立」と題した日経アジアの報道によると、ソフトバンクを中心とする日本企業9社が、自前のAI基盤モデルを開発する新会社を立ち上げました。この記事では、その概要と日本のAI戦略への影響を解説します。
「日本AI基盤モデル開発」とは何か
新会社の名称は「日本AI基盤モデル開発」。ソフトバンク、NEC、ホンダ、ソニーグループの4社がそれぞれ十数%を出資する中核株主となり、これに三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行の3メガバンク、さらに日本製鉄と神戸製鋼所が加わる大型の産業連合です。
開発の実務はソフトバンクとNECが主導し、深層学習技術で定評のあるPreferred Networks(PFN)も参画します。約100名の技術者を集め、2020年代のうちに約1兆パラメーター規模の大規模AIモデルを構築する計画です。画像、動画、音声、テキストなど多様な情報を処理できる「マルチモーダル」な能力を備えたモデルを目指しています。
なぜ「フィジカルAI」なのか
この新会社が目指すのは、テキストを生成するだけのAIではありません。注目すべきキーワードは「フィジカルAI」です。これは、ロボットや機械を自律的に制御するためのAIを指します。
2030年度までに、工場の製造ラインや自動運転車などの現場で、機械と連携して動くAIを実現する構想です。ホンダは自動運転車両へのモデル展開を最初に行い、ソニーはロボティクスやゲーム機器への応用を見据えています。金融、自動車、素材といった各業界固有のデータを基盤モデルに組み込む「コンソーシアム」の形成も検討されており、産業横断的な活用が描かれています。
政府の本気度:5年で1兆円の支援
この取り組みは民間だけの話ではありません。経済産業省は、国内AI開発の促進に向けて今後5年間で約1兆円の公的支援を予定しています。2026年度予算には約3000億円が確保されており、新会社はNEDOの国内AI開発支援事業にも応募する方針です。
現在、大規模AI開発の分野ではアメリカと中国が圧倒的にリードしています。日本企業はOpenAIやAnthropic、アリババグループなどの海外製基盤モデルへの依存を深めてきました。しかし、製造設備の稼働データなど機密性の高い情報が海外に流出するリスクが、国産AI開発を後押しする大きな動機になっています。
データセンターも国内に:堺市のシャープ旧工場を転用
AI開発にはモデルを学習させるための膨大な計算能力が必要です。ソフトバンクは6年間で2兆円をデータセンターに投資する計画を掲げており、その中核拠点として大阪府堺市にあるシャープの旧液晶パネル工場を転用します。
この施設には最先端のGPUが導入され、情報処理をすべて国内で完結させることが可能になります。海外クラウドを経由しないことで、機密データの漏えいリスクを大幅に抑えられる点がポイントです。
記者の視点:「AI主権」を賭けた国家プロジェクト
今回の動きは単なるビジネスニュースではなく、日本の「AI主権」を巡る国家的な戦略転換と言えます。通信、自動車、電機、金融、素材という日本の主要産業がこぞって参画していること自体が、各社の危機感の強さがうかがえます。
興味深いのは、テキスト生成AI(いわゆるチャットボット)の分野ではなく、「フィジカルAI」に焦点を当てた点です。日本はものづくりの現場で長年蓄積してきたノウハウと高品質なデータを持っています。この強みを生かせる領域で勝負するのは理にかなった戦略です。
日本のAI自立へ、試金石となる挑戦
1兆パラメーター級のモデル開発は技術的にもコスト的にも容易ではありません。それでも、官民合わせて数兆円規模の投資が動き出したことは、日本のAI産業にとって大きな転換点です。2030年度の実用化に向けて、日本が世界のAI競争の中で独自のポジションを築けるかどうか、今後の進展から目が離せません。
