スーパーに並ぶリンゴやイチゴ、アーモンド。こうした作物の多くは、ミツバチなどの送粉者に支えられています。しかし世界中で、そのミツバチが「ある小さな敵」に脅かされています。体長わずか1〜2mmのダニです。「カリフォルニアの雑種ミツバチ集団がバロアダニに対する自然な防御を進化させた」と報じられた新たな研究は、薬剤に頼らずダニの寄生を低く抑えるミツバチ集団が確認されたことを示しています。しかもその秘密は、幼虫の段階に隠されていました。
世界の養蜂を脅かす「ミツバチヘギイタダニ」
ミツバチの天敵として知られるミツバチヘギイタダニ(バロアダニ、学名: Varroa destructor)は、ミツバチの体に取りつき、「脂肪体」と呼ばれる器官の組織を吸い取ります。脂肪体は人間でいえば肝臓・膵臓・免疫系に相当する重要な器官です。ダニに寄生されたミツバチは免疫力が低下し、体重が減り、寿命も短くなります。
さらに厄介なのは、ダニがウイルスの「運び屋」でもあることです。変形羽ウイルスなどの致命的なウイルスをミツバチの血液中に直接注入するため、1匹のダニが巣全体に感染を広げる引き金になりえます。アメリカでは毎年、養蜂家が管理するコロニーの大きな割合が失われており、その主因がこのダニです。日本生態学会の「日本の侵略的外来種ワースト100」にも挙げられており、養蜂業に深刻な打撃を与えています。
現在の主な対策は薬剤による駆除ですが、ダニが薬剤に耐性を持つようになるリスクがあり、根本的な解決には至っていません。
「カリフォルニアのミツバチは治療なしで生き延びている」
そんな中で注目されたのが、南カリフォルニアに生息する雑種ミツバチの集団です。西ヨーロッパ、東ヨーロッパ、中東、アフリカと多様な系統が混ざり合ったセイヨウミツバチの一種で、地元の養蜂家たちの間では「うちのミツバチは薬を使わなくてもダニにやられない」という経験則が地元の養蜂家の間で語られていました。
カリフォルニア大学リバーサイド校(UCR)の研究チームは、この「噂」を科学的に検証することにしました。2019年から2022年にかけて236のミツバチコロニーを追跡調査した結果、驚くべきことが分かりました。地元で育てられた雑種女王バチが率いるコロニーでは、商業用のミツバチと比べてダニの寄生数が平均約68%も少なかったのです。さらに、薬剤処理が必要とされる水準を超える確率は5分の1以下でした。
この成果は学術誌Scientific Reportsに掲載されています。
幼虫の段階で「ダニを寄せ付けない」
研究チームはダニへの耐性の仕組みをさらに深く探るため、実験室での検証も行いました。バロアダニは繁殖するためにミツバチの幼虫がいる巣房に侵入する必要があります。そこで、商業用ミツバチと雑種ミツバチの幼虫に対して、ダニが同じように引き寄せられるかどうかを調べました。
結果は明確でした。ダニは雑種ミツバチの幼虫にはあまり引き寄せられず、特に7日齢の幼虫に対する差が顕著でした。7日齢はダニが通常、最も巣房に侵入しやすい時期です。つまり、ダニの繁殖サイクルにおける最も重要なタイミングで、雑種ミツバチの幼虫はダニの「標的」になりにくくなっていたのです。
研究チームの大学院生は「最も驚いたのは、幼虫の段階ですでに違いが現れていたことです。これは耐性のメカニズムが行動レベルではなく、ミツバチの遺伝子に組み込まれている可能性を示唆しています」と述べています。成虫になってからの「グルーミング」(体についたダニを仲間同士で取り除く行動)のような後天的な対処ではなく、もっと根本的な仕組みが働いているというわけです。
記者の視点:「多様性」が生んだ自然の解決策
この研究が興味深いのは、ダニ耐性が人工的な品種改良ではなく、自然な交雑の中で生じた可能性を示している点です。西ヨーロッパ、東ヨーロッパ、中東、アフリカという複数の系統が混ざった遺伝的背景が、バロアダニへの耐性に関わっている可能性があります。どの遺伝要因がどう作用しているかは今後の解明が必要ですが、遺伝的多様性の価値を示唆する興味深い事例です。
日本の養蜂にとっても示唆は大きいでしょう。バロアダニはもともとアジアのトウヨウミツバチ類に寄生していたとされ、ニホンミツバチは長い共進化の歴史からある程度の耐性を持っています。しかし今回の研究対象はセイヨウミツバチの雑種集団であり、日本で主に飼育されるセイヨウミツバチはダニに脆弱で薬剤に頼らざるを得ないのが現状です。今回の研究は、「薬に頼らない養蜂」の道筋を示す一歩と言えるかもしれません。
小さな虫が教える、進化の底力
ダニの脅威に対して、ミツバチは人間の助けを借りず、数十年という短い時間で自ら防御策を進化させました。しかもその鍵は幼虫の段階という、生命のごく初期に刻まれていました。商業養蜂が均一な品種に依存する現在のモデルに対し、遺伝的な多様性を活用するアプローチが新たな選択肢として浮上しています。今後、雑種ミツバチの耐性メカニズムが詳しく解明されれば、世界中の養蜂に変革をもたらす可能性があります。ミツバチの未来は、多様性の中にあるのかもしれません。
