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遺伝子編集の「運び屋」問題を解決、小型CRISPRが編集効率90%を達成

がんや難病の治療法として期待される遺伝子治療。病気の原因となるDNAの変異を直接書き換えるという発想は魅力的ですが、実用化には大きな壁がありました。編集ツールが大きすぎて、体内の細胞に届けられないのです。「NIH助成の研究がCRISPRを小型化し、体内への精密送達を実現」と米国立衛生研究所(NIH)が発表した研究成果は、この「サイズの壁」を突破する小型酵素の開発に成功したことを報じています。

遺伝子編集の「荷物が大きすぎる」問題

ゲノム編集技術CRISPRは、DNAの狙った場所を切断し、遺伝情報の修正につなげられる「分子のハサミ」です。2020年にノーベル化学賞を受賞したこの技術は、すでに一部の血液疾患の治療で実用化されています。しかし現在実用化されているCRISPR治療では、患者の血液細胞を体外に取り出し、編集してから体内に戻すという手順が必要です。

なぜ体内で直接編集するのは難しいのでしょうか。その理由は「運び屋」のサイズ制限にあります。遺伝子治療で最も実績のある運搬手段はアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターと呼ばれる小さなウイルスです。しかしAAVに搭載できるDNAの長さは約4.7キロ塩基対(kb)に限られます。一方、標準的なCRISPR酵素であるCas9は、それだけで約4.2kbもの大きさがあります。ガイドRNAや制御配列も積む必要があることを考えると、必要な要素をすべてAAVに搭載するのは物理的にほぼ不可能でした。

自然界で見つかった「超小型ハサミ」

この問題に挑んだのが、テキサス大学オースティン校の研究チームです。彼らはメタゲノム解析という手法で、自然界に存在する膨大な微生物のDNAを調べ、Al3Cas12fという小型の酵素を発見しました。この酵素はAlistipes属の細菌に由来し、従来のCas9よりもはるかに小さいため、AAVベクターに収まるサイズです。

研究チームは構造解析と機械学習を組み合わせて、Al3Cas12fがなぜ小さくても機能するのかを調べました。その結果、この酵素は2つの分子が対になって安定した複合体を形成し、DNAを認識する際のRループ構造も効率的に作れることがわかりました。いわば「小さいけれど構造がしっかりしている」ため、小型でありながら、DNAを認識して切断する機能を維持していたのです。

編集効率を10%未満から最大90%へ引き上げた改良

ただし、天然のAl3Cas12fには弱点がありました。遺伝子編集の成功率が10%に満たなかったのです。そこで研究チームは酵素の構造を詳しく分析し、3つのアミノ酸を置き換えた改良版Al3Cas12f RKKを設計しました。

この改良は劇的な効果をもたらしました。テストしたすべての標的部位で編集効率が80%以上に向上し、特定の標的部位では90%に到達しました。編集効率を大幅に高める改良を、わずか3か所の変異で実現したことになります。

この研究成果は学術誌Nature Structural & Molecular Biologyに掲載されました。共同研究にはバイオテクノロジー企業メタゲノミ・セラピューティクスも参加しており、基礎研究と産業界の連携で生まれた成果でもあります。

記者の視点:日本のゲノム編集医療にも追い風

今回の成果は、遺伝子治療の対象を血液疾患から大きく広げる可能性があります。NIHの発表では、がん、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、動脈硬化、白血病などへの応用可能性にも触れられています。体内の細胞を直接編集できれば、患者の身体的負担は大幅に軽減されます。

日本でも、CRISPR技術を活用した治療研究は進んでいます。体内の標的細胞へ編集ツールを届けるには、海外と同様にAAVベクターの搭載容量が課題になります。小型CRISPRの登場は、日本の研究者にとっても新たな選択肢になり得ます。

一方で、体内での直接的なゲノム編集には安全性の検証が不可欠です。意図しない場所でDNAが切断される「オフターゲット効果」のリスクや、AAVベクター自体に対する免疫反応など、臨床応用までに越えるべきハードルは残っています。

AAVに載せた先にある「体内治療」の時代へ

研究チームは次のステップとして、Al3Cas12f RKKを実際にAAVベクターに搭載し、動物モデルでの有効性と安全性を検証する計画です。動物モデルで有効性と安全性が確認されれば、体の外ではなく体内で遺伝子を編集する治療法に向けた重要な一歩になります。

「分子のハサミ」を小さく研ぎ澄ます。そんな地道な工夫が、がんや難病に苦しむ患者に新たな治療の選択肢を届けるための、確かな前進になるかもしれません。