夜空を見上げても気づきませんが、地球の周りには運用を終えた人工衛星やロケットの残骸が無数に漂っています。その数は追跡されているだけで約3万6,500個、破片まで含めると1億個以上とも言われます。この「宇宙ごみ」問題に日本の民間企業が挑もうとしています。「日本の民間宇宙船が2027年に退役衛星2機を点検へ」と題された記事が報じたのは、宇宙ベンチャーアストロスケールによる、民間企業として世界初の「異なる軌道にある複数の退役衛星を点検するミッション」です。
点検対象は日本が誇った2機の地球観測衛星
今回のミッション「ISSA-J1」で点検対象となるのは、いずれもJAXAおよびその前身機関が打ち上げた大型の地球観測衛星です。
1機目は2006年に打ち上げられた「だいち」(ALOS)。災害観測や地図作成に活躍しましたが、2011年に電力異常で運用を終了し、現在も地球を周回し続ける大型デブリとなっています。2機目は2002年打ち上げの「みどりII」(ADEOS-II)。地球環境の観測を目的としていましたが、太陽電池パドルの故障により、わずか10カ月で機能を停止しました。
これら2機は異なる軌道を周回しており、1つのミッションで両方に接近・観測することが実現すれば、民間企業として世界初の試みとなります。
約650kgの探査機が「宇宙のパトロール」を実証
ISSA-J1は重さ約650kgの探査機で、スラスタと高精度な撮影システムを搭載しています。2027年春にインドのサティシュ・ダワン宇宙センターからPSLVロケットで打ち上げられる予定です。
ミッションの流れはこうです。まず「だいち」の軌道に入り、遠方から観測を始めて段階的に接近します。対象衛星の外観や損傷状況を近距離から撮影し、現在の状態や劣化の程度を調べます。「だいち」の観測を終えたら、軌道を変更して「みどりII」へ向かい、同様の接近観測を行います。
このように近距離から状態を確認する能力が重要なのは、地上からの観測だけでは衛星の状態を正確に把握しきれないためです。デブリとなった衛星がどのように劣化しているかを知ることは、将来の除去作業の安全性を確保するうえで不可欠です。
「除去」の前にまず「状態を知る」
スペースデブリ問題への対策としては、デブリを直接つかんで軌道から外す「除去」が注目されがちです。しかしアストロスケールは、その前段階として「まず近づいて状態を把握する」ことの重要性を訴えています。
運用停止から10年以上が経過した衛星は、微小デブリの衝突や宇宙環境による劣化が進んでいる可能性があります。状態を十分に把握しないまま接触すれば、破片が飛散し、さらなるデブリを生むリスクもあります。ISSA-J1による近接観測は、将来の安全な除去技術の確立に向けた「下見」としての意味を持っています。
このミッションは文部科学省の中小企業イノベーション創出推進事業(SBIRフェーズ3)の補助事業として採択されており、日本政府も技術実証を後押ししています。
記者の視点:日本発のデブリ対策が世界標準になる可能性
アストロスケールは2013年に日本人起業家が創業した企業で、本社は東京にあります。すでに2024年には「ADRAS-J」ミッションで使用済みロケット上段への接近・観測実証に成功しており、軌道上サービス分野で世界的に注目される存在です。
スペースデブリ問題は年々深刻化しています。衛星同士の衝突が新たなデブリを生み、それがさらに衝突を引き起こす「ケスラーシンドローム」と呼ばれる連鎖反応が懸念されています。低軌道の混雑は通信衛星や地球観測衛星の運用にも影響を及ぼしかねません。
この分野で日本の民間企業が実績を積み重ねていることは、宇宙産業における日本のプレゼンスを高めるうえでも大きな意味を持つでしょう。
「宇宙の交通整理」時代の幕開け
ISSA-J1ミッションが成功すれば、宇宙空間で衛星の状態を把握する商業サービスの道が開けます。将来的には、故障した衛星の修理や燃料補給、安全な軌道離脱を支援するサービスにもつながる可能性があります。そんな「宇宙の交通整理」が現実のものとなる日は、そう遠くないかもしれません。かつて日本が打ち上げ、役目を終えた2機の衛星を、日本の民間企業が再び訪ねる。このミッションには、宇宙開発の未来をつくるという静かな決意が込められています。
