宇宙には「見えないけれど確実にそこにある」ものがたくさんあります。ブラックホールもその一つです。光すら逃げられないほどの重力を持つこの天体が、2つ並んで互いの周りをぐるぐる回っている。そんなペアが、約5億光年先で見つかりました。「2つの超大質量ブラックホールが100年後に衝突するかもしれない、地球にもその影響が届く」と題された記事が報じたこの発見は、宇宙最大級の衝突イベントをリアルタイムで追跡できる初めてのチャンスかもしれません。
23年分の観測データが暴いた「2本目のジェット」
舞台はヘルクレス座の方向にある銀河マーカリアン501です。この銀河の中心には、光速に近い速度で粒子を噴き出す強力なジェットを持つブラックホールがあることが以前から知られていました。
ドイツのマックス・プランク電波天文学研究所の研究チームは、約23年間にわたって集められた高解像度の電波観測データを分析しました。すると、これまで知られていた1本のジェットに加えて、2本目のジェットが存在することが判明したのです。これは、中心に2つ目の超大質量ブラックホールが隠れていることを示す直接的な証拠です。
「ずっと探していたのに、2本目のジェットが見えただけでなく、その動きまで追跡できたのは完全な驚きだった」と研究を率いた天文学者は振り返っています。
1本目のジェットは地球に向かって噴き出しているため、特に明るく見えていました。2本目は別の方向を向いているため検出が難しかったのですが、わずか数週間のうちに大きな変化が観測されました。2本目のジェットは大きい方のブラックホールの背後から始まり、反時計回りに動いていたのです。
121日で一周、宇宙スケールでは「目と鼻の先」
ジェットの動きや明るさの変化を詳しく分析した結果、2つのブラックホールは約121日の周期で互いの周りを公転していることが分かりました。両者の距離は地球と太陽の距離の約250〜540倍で、それぞれの質量は太陽の1億〜10億倍と推定されています。
数字だけ見ると遠く感じるかもしれませんが、太陽の数億倍もの質量を持つ天体同士としては驚くほど近い距離です。研究チームの計算によると、実際の質量次第では、両者の距離が急速に縮まり、わずか100年ほどで合体する可能性があります。
興味深いことに、2022年6月のある観測日には、このシステムから届いた光がアインシュタインリングと呼ばれるリング状の像として観測されました。これは手前のブラックホールの重力が背後のジェットの光を曲げた結果で、2つの天体が地球の方向に対してちょうど一直線に並んだことを意味しています。
記者の視点:人類が「宇宙の衝突」を見届ける時代
この発見が特に重要なのは、超大質量ブラックホールの合体という現象を「予告」として観測できる初めてのケースだという点です。ブラックホールの合体は銀河の進化において中心的な役割を果たすと考えられていますが、理論モデルでは最終段階の振る舞いをまだ正確に記述できていません。合体直前のペアが見つからなかったからです。
2つのブラックホールが互いに近づくにつれ、パルサータイミングアレイと呼ばれる手法で超低周波の重力波を検出できる可能性があります。これは複数のパルサー(規則的に電波を発する天体)の信号が届く時刻の微小な変化を測定するもので、2023年にはこの手法で宇宙全体に漂う重力波の「ハム音」がすでに捉えられています。マーカリアン501は、特定の天体からの重力波を初めて直接結びつけられる有力な候補になりました。
日本も参加するイベント・ホライズン・テレスコープでさえ、この2つのブラックホールを個別に撮影することはできません。しかし、重力波という「音」を通じて、合体に至る過程を追跡できるかもしれないのです。
100年後の宇宙を見届ける準備が始まった
約5億光年先で繰り広げられている宇宙最大級のダンスは、人類の時間感覚でも追いかけられるタイムスケールに入りつつあります。2つの超大質量ブラックホールが最終的に1つになるとき、放出される重力波は宇宙全体に広がり、地球にも届きます。
論文は学術誌 Monthly Notices of the Royal Astronomical Society に掲載されています。次の世紀、私たちの子や孫の世代が、宇宙史上最もエネルギーの高いイベントの一つをリアルタイムで「聞く」ことになるかもしれません。
