毎日食べるお米は、もともと野生の草を何千年もかけて品種改良したものです。住んでいる街は、かつて森や湿地だった場所を切り開いて作られました。私たちの暮らしそのものが、地球の姿を変え続けています。「地球を変える新たな自然の力が見つかった、と研究が示す」と題された研究は、人間の「文化」が地質学的な力、つまり火山や氷河と同じレベルで地球を作り変えていると論じています。しかも研究者は、それを単なる危機ではなく「希望の証拠」だと主張しているのです。
火の使用から始まった「暴走する改変」
この研究を率いたのは、米メリーランド大学ボルティモア郡校の地理・環境システム学教授、アール・エリス氏です。考古学、生態学、人類学、進化理論を横断する学際的な分析を行い、英国王立協会の学術誌 Philosophical Transactions of the Royal Society B に論文を発表しました。
研究が注目するのは、社会文化的ニッチ構築と呼ばれるプロセスです。生物は環境を変え、変わった環境に適応し、さらに環境を変える。このフィードバックは多くの生物に見られますが、人間の場合は桁違いのスケールで起きています。
始まりは数十万年前の火の利用でした。火で植物を焼き、食料を調理し、動物を追い立てる。火を使う社会は食料を安定して得られるようになり、人口が増え、さらに広い土地を火で管理するようになりました。この「環境を変える→社会が適応する→もっと大きく環境を変える」というループが、農耕、都市化、産業革命を経て加速し続けてきたのです。
研究者はこれを暴走する社会文化的ニッチ構築と名づけました。正のフィードバックが止まることなく働き続け、人間の影響が惑星規模にまで拡大した現象です。
人新世という時代の「二面性」
この研究の舞台となる時代は人新世と呼ばれます。人間活動が地球の地質や生態系に取り返しのつかない痕跡を残すようになった時代区分の提案で、まだ正式に認定されてはいませんが、科学界で広く議論されています。
人新世がもたらしたものには明確な二面性があります。一方では、集約的な農業や医療の発展により、人類の寿命は延び、生活の質は劇的に向上しました。世界の人口は80億人を超え、かつてないほど多くの人が飢餓や感染症の脅威を大きく減らした環境で暮らしています。
しかしもう一方では、気候変動、種の絶滅、大規模な汚染が進行しています。人間以外の生命にとって、この惑星は急速に住みにくくなっています。農地の拡大は森林を飲み込み、都市のヒートアイランドは気温を押し上げ、プラスチックは深海にまで到達しています。
研究者が強調するのは、この二面性こそが人間の文化的能力の証だという点です。破壊と創造の両方ができるということは、方向さえ変えれば修復もできるはずだ、と論じています。
「危機」の語りだけでは前に進めない
この研究でとりわけ注目すべきは、環境問題に対するアプローチの転換を訴えている点です。研究者は「環境危機や限界、崩壊という語りだけでは不十分だ」と主張しています。
もちろん危機は現実に存在します。しかし、危機を叫ぶだけでは人々は無力感に陥り、行動につながりにくいという問題があります。研究者が提案するのは、人間社会が地球を変えてきたのと同じ「集団的な能力」を、今度は地球を改善する方向に使うという視点です。
具体的には、先住民族の土地や水域に対する主権の回復、リモートセンシング技術を使った生態系の監視、分断された自然保護区をつなぐ保全回廊の整備などが挙げられています。これらはいずれも、人間の社会的・技術的な能力を自然の回復に応用する例です。
記者の視点:日本の里山が示していた「共生の設計図」
この研究を読んで思い浮かぶのは、日本の里山です。人間が森林を管理し、田んぼを作り、薪を採取することで、むしろ生物多様性が豊かになった半自然環境。里山は「人間の文化が生態系を壊す」という単純な図式に当てはまりません。管理が途絶えた里山で植生遷移が進み、かえって生物多様性が損なわれている現実が、人間と自然の関係の複雑さを物語っています。
この研究が示す「暴走するフィードバック」を制御するヒントは、実は日本の伝統的な土地利用にあるのかもしれません。問題は、そうした知恵をグローバルなスケールにどう展開するかです。
「地球を変えた力」を修復に向ける時代へ
人間の文化は地球を変える自然の力になりました。その力は火山のように破壊的にもなれば、里山のように再生的にもなります。研究者は、必要なのは知識や技術ではなく「行動する意志の広がり」だと結論づけています。
暴走するフィードバックを止めることはできないかもしれません。しかし、その方向を変えることはできる。80億人の文化的な力を環境の修復に向けられるかどうかが、人新世の次の章を決めることになりそうです。
