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量子もつれが生まれる「瞬間」に初めて迫る、232アト秒の超微細な時間差を解析

スマートフォンの通信速度が「速い」「遅い」と感じることは日常的ですが、では、自然界で最も速い現象はどれくらいの時間で起きるのでしょうか。「量子もつれの速度が初めて測定された、あまりに速すぎて理解を超える」と報じられた研究で、オーストリアと中国の国際チームが、量子もつれという現象が生じる時間スケールをシミュレーションから初めて解析しました。その時間差はわずか232アト秒。1秒の100京分の232という、人間の感覚では到底把握できない極限の世界です。

「量子もつれ」とは何か

量子もつれは、2つの粒子が見えない糸で結ばれたように振る舞う量子力学の現象です。片方の粒子を測定すると、どれだけ離れていても、もう片方の状態が瞬時に確定します。アインシュタインはこの現象を「不気味な遠隔作用」と呼び、その奇妙さに疑問を投げかけました。

2022年のノーベル物理学賞は、量子もつれが本当に存在することを実験で証明した3人の研究者に贈られています。しかし、もつれが「ある」ことは分かっても、それがどのように、どれくらいの速さで生まれるのかは未解明のままでした。今回の研究が画期的なのは、まさにその「誕生の瞬間」に初めて迫った点にあります。

100京分の1秒の世界で何が起きているのか

研究を行ったのは、ウィーン工科大学の理論物理学チームと中国の研究者たちです。チームは高度なコンピューターシミュレーションを用いて、アト秒レベルで起きる超高速プロセスを再現しました。

シミュレーションで解析した過程はこうです。2つの電子を持つ原子に強力なレーザーパルスを照射すると、1つの電子が原子から弾き飛ばされます。同時に、残ったもう1つの電子はエネルギーを吸収して高い軌道に移動します。この過程で、2つの電子の間に量子もつれが形成されます。

興味深いのは、飛び出した電子の「出発時刻」が量子重ね合わせの状態にあり、確定した瞬間を持たないことです。しかしその不確定な出発時刻は、原子に残った電子のエネルギー状態と密接に結びついています。残った電子のエネルギーが高ければ、飛び出した電子は比較的早く出発した可能性が高い。逆にエネルギーが低い場合には、出発時刻は平均して約232アト秒遅いことが分かりました。

アト秒はどれくらい短いのか

232アト秒という数字がいかに短いか、日常のスケールで想像してみましょう。1アト秒は10のマイナス18乗秒、つまり0.000000000000000001秒です。1秒と1アト秒の比は、宇宙の年齢(約138億年)と1秒の比にほぼ相当します。

別の言い方をすれば、光は1秒間に地球を約7周半進みますが、1アト秒ではわずか0.3ナノメートル、原子数個分しか進めません。人間がまばたきをする間に、アト秒は約100京回繰り返されることになります。量子もつれの形成がこの時間スケールで起きていたという発見は、量子力学の基礎研究にとって重要な一歩です。

記者の視点:「速さ」を知ることで量子技術が変わる

量子もつれの「速さ」を知ることに、どんな実用的な意味があるのでしょうか。現在、量子コンピューターや量子暗号通信の開発が世界中で進められていますが、いずれも量子もつれを「維持する」技術に重点が置かれてきました。もつれは外部の干渉ですぐに壊れてしまうため、いかに長く保つかが課題だったのです。

今回の研究は視点を変え、もつれが「生まれる過程」そのものに光を当てました。誕生の仕組みが分かれば、より効率的にもつれを作り出す方法や、より強固なもつれ状態を設計する道が開けます。研究チームも、この成果が量子暗号や量子通信のセキュリティ強化につながる可能性を指摘しています。

日本でも理化学研究所が量子もつれの伝達速度の限界を理論的に解明し、東京大学とNTTが従来の1000倍高速な光量子もつれの生成に成功するなど、関連研究が活発に進んでいます。「もつれをどう作り、どう守るか」という両面からの理解が進むことで、量子技術の実用化は確実に近づいているといえるでしょう。

見えない世界の「時計」が刻む未来

量子もつれの誕生にかかる時間が232アト秒だと分かったことは、量子力学の理論を検証するうえでも大きな意義を持ちます。理論の予測と実測が一致することで、私たちの量子世界への理解がより確かなものになるからです。研究成果は学術誌 Physical Review Letters に掲載されており、今後は実験による直接検証も計画されています。

目に見えず、手で触れることもできない量子の世界。しかしその極限の「速さ」を測る技術が生まれたことで、量子コンピューターや理論上きわめて高い安全性を持つ量子暗号通信といった未来の技術は、SFの世界から現実へと、着実に歩みを進めています。