ワカリタイムズ

🌍 海外ニュースを「わかりやすく」

カナダCohereと独Aleph Alphaが統合へ、「米国依存しないAI」で評価額3.2兆円

ChatGPTやGeminiなど、いま世界で広く使われているAIサービスのほとんどは米国企業が開発したものです。便利な反面、企業や政府の機密データが米国企業のクラウド基盤で扱われることへの懸念も高まっています。そんな中、「CohereがAleph Alphaと合併する理由」と題された報道によると、カナダのAIスタートアップCohereがドイツのAI企業Aleph Alphaを買収・合併し、米国に依存しない「主権AI」の旗手を目指す動きが明らかになりました。合併後の企業評価額は約200億ドル(約3.2兆円)に達する見込みです。

「主権AI」とは何か、なぜいま求められるのか

主権AIとは、企業や政府が自国・域内の法制度に沿ってデータやAI基盤を管理・運用できる仕組みを指します。例えば、ドイツの銀行がAIで顧客データを分析したい場合、MicrosoftやGoogleのクラウドを使えば、データの保管場所や米国法によるアクセスの可能性が問題になる場合があります。欧州のGDPR(一般データ保護規則)の下では、これは法的リスクになりかねません。

Cohereは2019年にカナダ・トロントで創業されたAIスタートアップで、現在のAI技術の基盤となったTransformerアーキテクチャの論文共著者がCEOを務めています。一方のAleph Alphaは同じく2019年にドイツ・ハイデルベルクで設立され、欧州の政府機関や大企業向けにAIソリューションを提供してきました。両社とも自国政府の後押しを受けてきましたが、OpenAIなどの米国勢には規模で大きく後れを取っていました。

ドイツ小売大手が仕掛ける「欧州クラウド」戦略

今回の合併で鍵を握るのが、ドイツの小売大手シュワルツ・グループです。ディスカウントスーパー「Lidl」の親会社として知られるこの企業が、5億ユーロ(約935億円)の資金を提供し、Cohereの新たな資金調達ラウンドの主要投資家となります。

一見、スーパーマーケットとAIは無関係に思えますが、シュワルツ・グループはIT部門を通じてSTACKITという独自のクラウドプラットフォームを運営しています。データセンターはすべてドイツとオーストリアに置かれ、GDPRへの準拠を強みとする「欧州産クラウド」です。統合後のCohereのAIサービスはこのSTACKIT上で提供されることが期待されており、シュワルツ・グループにとっては巨大な顧客を獲得する狙いもあります。

合併後の企業はCohereの名前を引き継ぎ、Cohereの株主が約90%、Aleph Alpha側が約10%を保有します。実質的にはCohereによる買収ですが、Aleph Alphaが持つ約250人のチームや欧州市場での顧客基盤、多言語対応の知見は大きな補完要素となります。

日本企業との接点、富士通が出資・共同開発

この合併は日本にとっても無縁ではありません。富士通は2024年にCohereと戦略的パートナーシップを締結し、出資するとともに日本語性能を強化したエンタープライズ向けLLM「Takane」を共同開発しています。金融や官公庁など高いセキュリティが求められる分野向けで、プライベート環境で利用できる点が特徴です。

Cohereが「カナダ・ドイツ発のAI企業」として欧州市場での存在感を高めれば、その技術基盤は富士通を通じて日本市場にも波及する可能性があります。主権AIへの関心は欧州だけでなく、データ保護規制が厳しい日本の金融・医療・公共分野でも高まっています。

記者の視点:AI業界の「多極化」は本物か

今回の合併は、AI業界が米国一強から多極化へ向かう流れを象徴しています。カナダとドイツは最近「主権技術同盟」を立ち上げ、AI分野での戦略的依存を減らす方針を打ち出しました。発表にはドイツのデジタル大臣とカナダのAI・デジタル革新大臣が同席し、政治的な後押しの強さがうかがえます。

ただし課題もあります。Cohereの2025年の年間経常収益は約2億4,000万ドル(約380億円)で、Aleph Alphaはほとんど収益を上げていませんでした。合計しても、評価額200億ドルに見合う売上とは言えません。投資家は「合併による相乗効果」に賭けていますが、その成否はこれからです。

さらに、将来IPOする場合、株式はグローバルな投資家の手に渡り、「カナダ・ドイツ発のAI企業」というアイデンティティを維持できるかは不透明です。主権AIを掲げながら、最終的に国籍のない資本に支えられるという矛盾が生じる可能性もあります。

米国依存を脱せるか、AI地政学の新章

AI技術をめぐる国際的な綱引きは、いま大きな転換点を迎えています。防衛、エネルギー、金融、医療、通信といった規制の厳しい産業こそ、主権AIが最も必要とされる分野です。CohereとAleph Alphaの合併が単なる企業再編に終わるのか、それとも米国依存を減らす現実的な選択肢になり得るのか。その答えは、合併後の新会社が実際にどれだけの顧客を獲得できるかにかかっています。