2016年、AIが世界チャンピオンの囲碁棋士を破ったニュースは世界中に衝撃を与えました。あの「AlphaGo」を生み出した研究者が今度は自分の会社を立ち上げ、人類が到達したことのない「超知能」の実現に挑んでいます。「元DeepMind研究者のAIスタートアップが11億ドルのシード資金を調達」という報道から、AI研究の最前線で何が起きているのかを読み解きます。
AlphaGoの父が目指す「人間データに頼らないAI」
Google傘下のAI研究部門DeepMindで10年以上にわたり強化学習チームを率いてきたデイヴィッド・シルバー氏が、新会社Ineffable Intelligenceを設立しました。2025年11月の設立からわずか数か月で、シード資金として11億ドル(約1,750億円)を調達。これは欧州史上最大のシード調達額です。企業価値は51億ドル(約8,100億円)に達しています。
シルバー氏はUCL(ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン)の教授でもあり、AlphaGoに加え、人間のデータを一切使わずにチェス・将棋・囲碁を習得したAlphaZeroや、リアルタイム戦略ゲームで人間のプロを打ち負かしたAlphaStarの開発も指揮した人物です。
新会社が超知能の実現に向けて開発を目指すのが、「スーパーラーナー」と呼ばれるAIシステムです。インターネット上のテキストを学習する現在の主流のAIとは異なり、強化学習を軸に、AI自身が試行錯誤を繰り返しながら知識を獲得していくアプローチを採ります。シルバー氏は「言語、科学、数学、技術といった人類史上最大の発明を超えることを目指す」と述べています。
NvidiaもGoogleも出資、異例の投資家リスト
今回の調達には、テクノロジー業界を代表するプレーヤーが名を連ねています。共同リード投資家は米大手VCのSequoiaとLightspeed。さらにGPU大手のNvidiaに加え、シルバー氏が在籍していたGoogleも出資に参加しました。英国政府が設立した英国ソブリンAIファンドやDST Globalなども加わっています。
注目すべきは、GoogleがDeepMindという自社のAI部門を持ちながら、退社した元社員の会社にも投資している点です。これは、強化学習というアプローチの将来性に対する大きな期待の表れとも読み取れます。
巨大テック企業からの「頭脳流出」が止まらない
Ineffable Intelligenceの設立は、2026年に加速しているAI人材の大移動の一端にすぎません。
- Recursive Superintelligence: 元DeepMindエンジニアが設立、最大10億ドル(約1,600億円)を調達中
- AMI Labs: Metaの元AI責任者が設立、10億ドル(約1,600億円)を調達済み
- このほかにも、OpenAI、Anthropic、xAIの元スタッフによる独立や起業が相次いでいます
わずか数か月の企業に数千億円規模の資金が集まるという異例の状況は、投資家たちが「次のAIの突破口は大企業の中ではなく、少数精鋭のスタートアップから生まれる」と見ていることを示しています。
記者の視点:「データの壁」を超えるカギは強化学習か
現在のAI開発には「データの壁」という根本的な課題があります。ChatGPTに代表される大規模言語モデルは、インターネット上の膨大なテキストで学習していますが、質の高い学習データは有限です。一方、強化学習は環境との相互作用から自ら学ぶため、理論上は既存の学習データへの依存を大きく減らせます。
AlphaZeroが人間の棋譜を一切使わずに世界最強の棋力を手にしたように、強化学習には「人間の知識の限界」を超える可能性があります。ただし、囲碁やチェスのようにルールが明確な世界と、現実世界の複雑さは別物です。この技術が汎用的な超知能につながるかどうかは、まだ誰にもわかりません。
「超知能」をめぐるレースは新たなフェーズへ
英国のケンダル科学技術大臣は「この投資は、英国がAIの消費者ではなくAIの創造者であるという決意を示すものだ」とコメントしました。AI開発の主戦場が米国と中国だけでなく欧州にも広がりつつある今、AlphaGoの生みの親が率いる新会社の挑戦は、AI競争の地図を書き換えるかもしれません。数千億円を手にした「超知能への挑戦」が、どんな成果をもたらすのか。その挑戦がどこまで実を結ぶのか、今後数年の動向が注目されます。
