水は水でも、中身がまるで違う。もし宇宙の別の場所で生まれた水を調べられたら、その「生まれ故郷」の環境がわかるとしたらどうでしょうか。「恒星間彗星3I/ATLASに太陽系では見たことのない奇妙な水が含まれていた」と報じられた研究で、太陽系の外から飛来した彗星の水が、地球の海水に比べて約40倍高い重水素比を持つことが明らかになりました。恒星間天体の水を直接分析できたのは、これが史上初のことです。
太陽系の外から来た「3番目の訪問者」
3I/ATLASは、2025年7月に発見された恒星間天体です。恒星間天体とは、太陽系の外——つまり別の恒星系から宇宙空間を旅してきた天体のこと。これまでに確認されたのはわずか3つで、2017年のオウムアムア、2019年のボリソフ彗星に続く3番目の発見でした。
ミシガン大学の研究チームは、まず米国アリゾナ州のMDM天文台で3I/ATLASを観測し、その後チリにあるアルマ望遠鏡で水の成分を精密に分析しました。アルマ望遠鏡は日本も参加する国際プロジェクトで、電波を使って天体の化学組成を調べることができます。研究成果は学術誌 Nature Astronomy に掲載されました。
水の「指紋」が語る異世界の環境
研究チームが注目したのは、水に含まれる重水素の割合です。重水素とは、通常の水素より重い「兄弟」のような原子で、中性子を1つ余分に持っています。普通の水(H₂O)に含まれる水素の一部が重水素に置き換わると、その水のD/H比(重水素と水素の比率)は高くなります。この比率は天体が生まれた環境によって大きく変わります。
分析の結果、3I/ATLASの水に含まれる重水素の比率は、太陽系内の彗星と比べて約30倍、地球の海水と比べると約40倍も高いことがわかりました。太陽系のどの天体でも観測されたことのない数値です。
研究チームは、3I/ATLASの水に含まれるD/H比について「これまで他の惑星系で見つかったどの値よりも高い」としています。この重水素比は、いわば天体の起源を示す手がかり。3I/ATLASが太陽系とはまったく異なる環境で生まれたことを裏付けています。
マイナス243℃の世界で生まれた氷
なぜ3I/ATLASにはこれほど多くの重水素が含まれているのでしょうか。その答えは、形成環境の温度にあります。
重水素を含む水は、極低温の環境で効率的に作られることが知られています。研究チームの推定では、3I/ATLASが生まれた場所の温度はわずか30ケルビン(マイナス243℃)以下でした。太陽系の彗星が形成された領域よりもはるかに冷たい環境です。
おそらく3I/ATLASは、別の恒星の周りに広がっていた原始惑星系円盤——ガスとちりの渦巻く円盤——の、恒星から最も遠い外縁部で誕生したと考えられています。太陽の光がほとんど届かない極寒の領域で凍りつき、数十億年の旅を経て私たちの太陽系を通り過ぎているのです。
記者の視点:「よその星の水」を分析できる時代
今回の発見が画期的なのは、恒星間天体の水を直接分析できた初めての事例だという点です。最初の恒星間天体オウムアムアは、ガスや塵を噴き出す様子が観測されず化学分析ができませんでした。2番目のボリソフ彗星では一部のガス成分が分析されましたが、水の同位体比までは測定できていません。
3I/ATLASで初めて実現した「よその星の水の分析」は、太陽系の形成条件が宇宙全体でどの程度共通なのかを探る重要な手がかりになります。研究チームの一人は「太陽系を生み出した条件は、宇宙のどこでも同じというわけではない」と指摘しています。つまり、星と惑星が生まれる環境は、私たちが思っていた以上に多様なのかもしれません。
日本の国立天文台もすばる望遠鏡で3I/ATLASの観測を行っており、今後さらに詳しい分析が進む見込みです。
宇宙の「水の地図」が広がる
検出技術の進歩により、今後はより多くの恒星間天体が発見されると期待されています。それぞれの天体が持つ水の「指紋」を集めていけば、さまざまな恒星系の形成環境を比較する「宇宙の水の地図」が描けるかもしれません。ただし研究チームは、こうした暗い天体を見つけるためには、人工光による光害を抑え、暗い夜空を守ることが重要だと指摘しています。はるか彼方の星で生まれた一粒の氷が、宇宙の多様性を教えてくれる——私たちの足元の夜空が、その発見への入り口なのです。
