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ヘビはなぜ脚を失ったのか、1億年の進化で身につけた「超能力」の謎

庭先や公園の草むらでヘビを見かけて、ぎょっとした経験はないでしょうか。手足のない細長い体で素早く滑り、木に登り、海も泳ぐ。改めて考えると不思議な生き物です。「1億年以上の進化:ヘビはいかにして脚を失ったのか」と題されたKnowable Magazineの記事は、最新の化石と遺伝子解析がヘビの進化史を書き換えつつある様子を伝えています。1億年を超えるその物語の核心を、わかりやすくたどります。

ヘビは「脚がない・噛み砕けない」のに、なぜ大成功した?

ヘビは現在、4,000種以上が知られていて、トカゲ・ヘビを含む大きなグループの3分の1を占めます。さらに数百種が未記載のまま発見を待っているといわれます。長さ約10センチほどの糸ヘビから、6メートル級になる大蛇まで、サイズだけでも幅広いのが特徴です。

不思議なのは、ヘビが基本的に「捕食に特化した管」だという点です。脚で歩くことはできず、食べ物を噛み砕くこともできません。普通に考えれば不利な体つきのはずなのに、研究者は「ヘビはどう見ても進化のスーパースターだ」と口をそろえます。今では地中・地上・海・樹上のあらゆる環境に進出し、列車や飛行機に紛れ込んで世界中を移動しているほどです。

ヘビの祖先はおよそ1億6,000万年前にトカゲから分かれたと推定されています。問題は、その「最初のヘビ」がどんな姿だったかが、ほとんどわかっていないことです。地中で暮らしていたのか、海を泳いでいたのか。古い化石が乏しいせいで、長年議論が続いてきました。

化石が明かす「脚があった時代」

研究者の関心を強くひいているのが、ヘビが脚を捨てた過程です。ジョージ・ワシントン大学の進化生物学者アレックス・ピロンらの分析では、脚の喪失はおよそ1億5,000万年前から1億2,500万年前の間に起きた可能性が高いとされます。

決定的な証拠とされる化石が、近年いくつも見つかっています。

  • 南米パタゴニアの ナハシュ・リオネグリナ(約9,500万年前):後肢を持つ初期のヘビ
  • 同じくパタゴニアの ディニリシア・パタゴニカ(約8,000万年前):地上を這っていたとみられる
  • スコットランドのジュラ紀地層から見つかった ブリュグナタイル・エルゴレンシス:四肢を持つ「ヘビ候補」として2025年にNature誌で報告

ブリュグナタイルは「もし道を歩いていたら、ふつうのイグアナにしか見えない」と発見者の一人であるユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の古生物学者スーザン・エヴァンスは語ります。それでも顎の形にはヘビらしい特徴があり、研究者の間では「真のヘビの祖先か、似た特徴を独自に進化させた別系統か」で意見が分かれています。

なお、ヘビは長年「水中起源説」と「地中起源説」の論争に挟まれてきました。地中起源説の根拠だったミミズに似たメクラヘビは、最近の研究でむしろ進化のあとに地中生活へ特殊化したと考えられるようになり、状況は流動的です。今のところは「地上と地下を行き来する陸の生物だった可能性が高い」というのが落としどころです。

たった4つの変化で「進化のスーパースター」になった

無脚化と並んで、ヘビが繁栄した秘密として注目されているのが1億2,500万年前ごろに起きた急速な体の変化です。ピロンらが2024年にScience誌で発表した、多数の爬虫類の骨格・遺伝子・胃内容物を網羅した大規模な比較研究では、以下のような変化が短期間に集中して起きたと示されました。

変化 内容 もたらした効果
頭蓋骨 骨と軟組織を組み合わせた柔軟構造へ 大きな獲物を丸呑みできる
上下を伸縮性のある靱帯でつなぐ 自分より太い動物も飲み込める
脊椎 椎骨を数百個に増やす より速く効率的に移動できる
食性 多様な獲物に対応 あらゆる環境で生き延びられる

ニシキヘビが豚を丸呑みできるのは、顎の左右が独立して動き、口の中の構造もスライドするからです。さらに体が長くなったことで、地上を進む速度も、樹上で枝に巻きつく安定感も、海中で蛇行するときの推進力も同時に手に入れました。

記者の視点:遺伝子が解く「脚なし」の謎

化石は強力な証拠ですが、ヘビの場合は遺伝子解析が研究を救う場面が増えてきました。ヘビが脚を失った原因は、ZRSと呼ばれる四肢の形成を促す遺伝子配列の機能が失われたためと判明しています。この調節配列の機能喪失が、現代のヘビの体型をかたちづくったと考えられています。

もう一つ興味深いのは、最近の研究でヘビにはグレリンという「空腹ホルモン」を作る遺伝子そのものがないとわかった点です。ヘビが1年以上も食べずに生きられる現象は、単に省エネだからではなく、空腹を促す仕組みの一部が進化の途中で失われたためかもしれません。研究者たちは今、100種以上のヘビとトカゲの全ゲノム解読を進めており、近く「家系図」と「設計図」が一気にアップデートされる見込みです。

日本にとっても、無縁のテーマではありません。沖縄のハブや、本州でも見られるアオダイショウ、シマヘビなど、身近なヘビの不思議な体の秘密もまた、1億年を超える共通の進化史にルーツがあります。庭先のヘビをつい敬遠してしまいがちですが、その細長い体は、地球上で最も成功した進化の試みが生んだ姿なのです。

1億年の物語は、まだ続いている

「ヘビを見たら、1億年を超える進化の集大成を見ているのだと考えてほしい」と研究者は語ります。化石の断片は今もパタゴニアの砂漠やスコットランドの地層から少しずつ姿を現し、遺伝子の解読技術はその意味を解き明かしつつあります。

脚を捨て、口を伸ばし、骨を増やす。一見すると引き算ばかりに見える進化が、なぜここまで多様で力強い結果につながったのか。その答えは、まだ完全には書ききれていません。次に道端でヘビに出会ったら、長い物語の続きを目撃しているのだと思いながら、そっと観察してみてはいかがでしょうか。