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宇宙は本当に均一なのか、100年来の宇宙論モデルに揺らぎの兆し

夜空を見上げると、星々は広い宇宙に散らばっているように見えます。物理学者たちもこれまで、宇宙は十分に大きなスケールで見ればどの場所でも同じように見え、どの方向を見ても同じ性質を持つ、というシンプルな仮定の上に現代宇宙論を組み立ててきました。ところがその大前提が、観測データの精度向上とともに、少しだけきしみを見せ始めています。海外メディアのLive Scienceが「物理学者が100年来の宇宙論モデルに誤りの可能性を見つけた」と報じた研究を手がかりに、宇宙の見方を揺るがしうる新しい解析結果を読み解きます。

100年使われてきた「均一な宇宙」の前提

現代の宇宙論は、フリードマン・ルメートル・ロバートソン・ウォーカー(FLRW)宇宙論と呼ばれる数学的な枠組みの上に立っています。FLRWは1920年代から1930年代にかけて整えられた理論で、「宇宙は十分に大きなスケールで見れば、どこも均一で(一様)、どの方向を見ても同じに見える(等方)」という強い仮定を置いています。

この枠組みに、宇宙定数Λとしての暗黒エネルギーと冷たい暗黒物質を組み込んだのが、現在の標準モデルであるΛCDMモデル(ラムダCDMモデル)です。宇宙背景放射の温度ゆらぎや遠方銀河の分布など、多くの観測を見事に説明することから、長年にわたり大成功を収めてきました。

ところが現実の宇宙には、銀河や銀河団がクモの巣のように連なる「コズミック・ウェブ」と、その間に広がるほとんど何もない巨大な空間「ボイド」が存在します。研究の共著者であるニールス・ボーア研究所とクイーン・メアリー大学の物理学者アスタ・ハイネセン氏は、こうした凸凹だらけの宇宙にFLRWの仮定をそのまま当てはめるのは無理があるのではないか、と問題提起してきました。

観測データを使った2つの「歪み」のテスト

研究チームは、宇宙の見え方を歪ませる可能性のある2つの効果に注目しました。

ひとつはダイヤー・ローダー効果です。遠くの天体から届く光は、物質の多い領域よりも、物質の少ない空間を主に通ってくる場合があります。光の通り道が物質の少ない領域に偏ると、観測から推定される宇宙の物質密度が過小評価され、宇宙が実際より「がらんとして」見えるおそれがあります。

もうひとつは宇宙論的バックリアクションと呼ばれる効果です。銀河団やボイドといった大規模構造が成長すると、それ自体が宇宙全体の平均的な膨張のしかたに影響を与える可能性があるという考え方です。「FLRW宇宙論は、空間が最大限に対称であることを仮定しています。銀河団やボイドのような構造があるなら、FLRWを超える枠組みが必要です」とハイネセン氏は説明しています。

距離と膨張率を突き合わせるクラークソン・バセット・ル検定

これらの効果を実データから取り出すために、チームはクラークソン・バセット・ル検定と呼ばれる方法の改良版を使いました。これは、宇宙の距離と膨張率の測定値が、FLRWの世界で成り立つ関係式と合うかどうかを直接調べる手法です。FLRWに完全には従わない場合でも適用できるよう、より一般的な数式の形に拡張されています。

さらに、観測データから宇宙膨張の歴史を推定する際に記号回帰と呼ばれる機械学習の手法を取り入れました。あらかじめ「こういう宇宙モデル」と決めつけずに、データに最もよく合う数式そのものを探させる、というアプローチです。

どんなデータで、何が見えたのか

使われたのは、3種類の観測データです。

データセット 内容
Pantheon+カタログ Ia型超新星の明るさから測る宇宙の距離
DESI(暗黒エネルギー分光器) 数百万銀河の3次元分布から測る膨張史
バリオン音響振動の観測 初期宇宙の音波が刻んだ銀河分布の「物差し」

これらを組み合わせて宇宙の膨張史を再構成したところ、データの組み合わせや解析手法によって、標準的なFLRW宇宙論の予測から2〜4シグマ程度の統計的なずれが見つかりました。シグマは、観測結果が予測値からどれだけ離れているかを標準偏差の単位で表す指標で、値が大きいほど偶然では説明しにくくなります。物理学では新しい発見と認めるには通常5シグマが必要とされるため、今回の結果は「発見」と呼ぶには早く、あくまで気になる兆しの段階です。

それでもハイネセン氏は、研究の意義を次のように位置づけています。「ダイヤー・ローダー効果やバックリアクションを、観測データから直接測定できるようになりました。さらに、進化する暗黒エネルギーや修正重力理論など、ほかのモデルとも明確に区別できます。これがこの研究の突破口だと考えています」。一連の3本の論文はarXivで公開されていますが、いずれも査読前の段階です。

記者の視点:もし本物なら、何が起こるのか

今回の結果が将来の観測で本物だと確認された場合、その影響は決して小さくありません。研究チームは論文の中で、もしFLRW幾何からのずれが本物なら、進化する暗黒エネルギーや新しい物質、修正重力など、FLRWの枠組み内で考えられてきた多くの解決策は除外される、という趣旨を述べています。宇宙論の難題として知られるハッブル定数の食い違いなどを説明するために提案されてきたアイデアの多くが、土台ごと組み直しを迫られる可能性があるのです。

日本にとっても無関係ではありません。すばる望遠鏡やSuMIRe計画など、銀河分布を使った大規模サーベイには、日本の研究機関も深く関わっています。今回のような新しい検定法を国内の観測データに当てはめれば、独立した検証が進む可能性があります。

一方で、2〜4シグマという数字は天文学ではよく「揺れ動く」レベルです。歴史的にも、初期に有望に見えたずれが、データが増えるにつれて消えてしまうケースは少なくありませんでした。今後のDESIの追加観測や、欧州のEuclid衛星といった大型計画のデータが加わったとき、このずれが残るのかどうかを冷静に追っていきたいところです。

「教科書を書き換えるかもしれない兆し」を楽しむために

20世紀から続いてきたFLRW宇宙論は、決して古びた理論ではありません。むしろ、観測技術の発展によって初めて本格的に検証され始めた段階にあります。今回の研究は、観測データから100年来の前提そのものを問い直す道具をそろえた、という意味で重要な節目です。

宇宙論の議論はどうしても専門的になりがちですが、「宇宙はどこを見ても同じ姿をしているのか」という問いは、誰にとっても直感的で身近なテーマです。ニュースで「標準モデルとの食い違い」や「宇宙論的な緊張」と聞いたら、その裏でどんな観測が走り、どんな統計の話が進んでいるのか、少しだけ思い出してみてください。私たちが当たり前だと感じてきた宇宙の姿が、ゆっくりと、しかし確かに更新されていく現場に立ち会っているのです。