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日本人のルーツに「第3の祖先」、3,256人の全ゲノム解析で見えた東北の謎

中学の歴史の授業で、「日本人は縄文人と渡来人の2つの祖先からできている」と学んだ記憶がある方は多いのではないでしょうか。長年「二重構造説」と呼ばれてきたこの教科書的な理解が、近年の大規模なゲノム解析によって見直されつつあります。科学ニュースサイトScienceDailyが紹介した理化学研究所の研究「日本人とは何者か?巨大なDNA研究が歴史を書き換える」を手がかりに、日本列島の人々が辿ってきた意外な来歴を読み解きます。

3,256人のゲノムから見えた「第3の祖先」

研究を主導したのは、理化学研究所 生命医科学研究センターの寺尾知可史氏らのチームです。北海道から沖縄まで、日本の7つの地域から集めた3,256人分の全ゲノム情報を、全ゲノムシーケンスという最新の手法で解析しました。一人あたり約30億塩基対に及ぶゲノム全体を読み解くため、従来のマイクロアレイ方式に比べておよそ3,000倍の情報量を扱えます。

この大規模解析から得られた結論は、シンプルかつ衝撃的でした。日本人の遺伝構造は、これまで考えられてきた縄文系と西からの渡来系の2系統だけでは説明がつかず、東北アジアにつながる祖先成分を含む三つの系統で捉えるほうがよく当てはまることが示されたのです。研究チームは、この東北に強い祖先成分について、歴史的に東北地方に居住していた蝦夷との関係を今後検討すべき課題として示しています。

結果は2024年4月に科学誌Science Advancesに掲載されました。同時に、研究チームは「JEWEL」と呼ばれる日本人ゲノムの大規模データベースを構築し、医療応用に向けた基盤としても整備しています。

地域でこんなに違う「縄文人の血」

今回の研究のもう一つの見どころは、日本国内での驚くほどはっきりした地域差です。縄文人由来の遺伝子は、沖縄では平均28.5%を占めていましたが、関西では13.4%にとどまりました。同じ「日本人」とひとくくりにされてきた集団のなかで、ルーツの構成比に倍以上の開きがあるのです。

関西の人々の遺伝情報には、漢民族との強いつながりも見られました。古墳時代以降、東アジア大陸に由来する人々の移動や交流が、関西の遺伝構造に反映された可能性があります。この時期は中国式の政治制度や漢字、教育の仕組みが日本に入ってきた時代とも重なります。

一方で、新たに注目された北東アジア系の祖先成分は東北で高く、西へ行くほど低くなる傾向を示しました。研究を率いた寺尾氏は「日本人はみんなが思っているほど遺伝的に均質ではない」と述べ、地理的な分布と遺伝構造がきれいに対応していることを強調しています。

三系統説はどうやって生まれてきたか

「第3の祖先」というアイデアは、突然出てきたわけではありません。2021年にCookeらが古代人骨のDNAから提案した三系統説が下敷きになっており、古墳時代に当たる時期に新たな移住の波があった可能性が指摘されていました。今回の理研の研究は、現代人の大規模ゲノムからその仮説を強く裏付けた形です。

ネアンデルタール人とデニソワ人が残した「健康への足跡」

研究はもう一つ、現代医療にとって興味深いテーマにも踏み込んでいます。それが、ネアンデルタール人とデニソワ人から受け継いだ古代DNAです。

現生人類は数万年前にこれらの古代人類と交配しており、ごく一部の遺伝子が今も私たちのゲノムに残っていることが知られています。日本人ゲノムの中からは、東アジアに特有のものを多く含む44か所の古代由来領域が見つかりました。

特に注目されているのが、デニソワ人由来の NKX6-1遺伝子付近の領域です。ここは2型糖尿病のなりやすさと関連があり、糖尿病・肥満治療薬として知られるセマグルチドへの反応にも影響する可能性があるといいます。さらにネアンデルタール人由来のDNA断片11か所は、冠動脈疾患、前立腺がん、関節リウマチなどとつながっていることが示されました。

過去にも、チベット人がデニソワ人由来のEPAS1遺伝子で高地への適応を得た例や、ネアンデルタール由来のDNAが新型コロナウイルス感染症の重症化に関わるという報告がありました。今回の研究は、その「古代の遺産が現代の病気と結びつく」流れの中に、日本人特有の地図を描いたといえます。

記者の視点:教科書と医療の常識が更新されるかもしれない

この研究の面白さは、歴史と医療の両方に飛び火する点にあります。「日本人=縄文人+渡来人」という単純な公式が崩れることで、東北地方の歴史的・文化的な独自性に新たな科学的根拠が加わります。蝦夷との関係は今後の研究課題ですが、東北に色濃く残る祖先成分が現代の私たちのDNAにつながっているという視点は、地域史を語るうえでも意味が大きいでしょう。

医療面の波及効果も無視できません。世界の大規模ゲノム研究は長らく欧州系を中心に進められてきたため、アジア人の体質や薬の効きやすさに対する知見はまだ十分とはいえません。JEWELのようなアジア人のデータベースが育てば、日本人に多い病気や効きやすい薬を、より個人に合わせて選べる「個別化医療」が現実に近づきます。将来は、個人のゲノム情報を踏まえて病気のリスクや薬の効き方をより細かく見積もる医療につながるかもしれません。

「自分のルーツ」を科学する時代へ

今回の研究は、日本人の起源を語る話を一段深く、そして一段やわらかくしてくれました。北海道、東北、関東、関西、九州、そして沖縄。それぞれの土地に住んできた人々のDNAには、列島史の中で起きた移住や交流が、今もはっきりと刻まれています。

歴史の本でしか会えなかった縄文系や北東アジア系の祖先成分が、自分たちのゲノムにも受け継がれている、という感覚は、自分の故郷や家系を改めて見直すきっかけになりそうです。アジア人のゲノム研究が広がるこれからの数年、私たち一人ひとりの「ルーツの物語」は、もっと豊かに、もっと立体的に語られていくはずです。