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南極の海氷はなぜ突然減ったのか、2015年に顕在化した3段階の崩壊

ニュース番組で「南極の海氷が過去最少を更新」という見出しを目にしても、北極の氷が縮んでいるのは知っているけれど、南極はなぜ今ごろ急に?と感じた方は少なくないはずです。これまで南極の海氷は地球温暖化に「耐えている」と言われてきたのに、2015年以降に突然減り始めました。海外メディアのLive Scienceが「南極の急激な海氷減少は近年の気候記録で最も極端で謎めいた出来事の一つだ。科学者たちは今、その原因を突き止めた」と報じた新研究を手がかりに、海氷の足元で何が起きていたのかを読み解きます。

2015年に「何かが切り替わった」南極

南極の海氷は2000年代から2010年代前半まで、わずかながら増加傾向さえ示してきました。ところが、2015年を境に状況が一変します。

2023年2月、南極の海氷面積は当時の衛星観測史上最小を記録しました。同じ年の7月、冬の拡大期には、西ヨーロッパよりも広い面積の氷が「あるべき場所から消えている」状態だったと報告されています。その後も回復は見られず、2024年も過去最少に迫る低さ、2025年と2026年初頭も1981〜2010年の平均を下回ったままです。

この異常事態の正体を、ニューサウスウェールズ大学とサウサンプトン大学に所属する海洋物理学者アディティヤ・ナラヤナン氏らの研究チームが、2026年5月8日付の科学誌Science Advancesで発表しました。研究では衛星観測と海中センサーのデータを数値モデルに取り込む「ハイブリッド型のモデル」で解析し、現実の南極で起きた変化を段階的に再現することに成功しました。

3段階で進んだ海氷の崩壊

研究が示したのは、2013年から2023年にかけて南極海で起きた3段階の連鎖反応です。鍵を握るのは、南極の周りを東向きに吹く強い偏西風と、表層下に隠れた暖かい海水でした。

第1段階:偏西風が表層水を北へ押しやる(2013〜2015年)

南極の周りでは、もともと冷たく塩分の薄い水が表層を覆い、その下には「冬期水層」と呼ばれる冷たい水の層が広がっていました。この冷水の層が、さらに深いところにある暖かく塩辛い水と表層との間で「ふた」の役割を果たしていたのです。

ところが、オゾンホールの影響で南極の極渦が強まり、それに引っ張られる形で偏西風が強くなったことで、表層の水が北へ押しやられました。代わりに深部の暖かい塩水が少しずつ上に持ち上がり、冬期水層を内側から削っていきます。研究の共著者でドイツのアルフレッド・ヴェーゲナー極地海洋研究所に所属するテオ・シュピラ氏は、別の論文でこの冬期水層が2005年から少しずつ薄くなり続けていることを示しています。

第2段階:暖水が表に到達し融解が始まる(2015年以降)

2015年、偏西風はさらに強まります。この時期にはオゾンホールは回復に向かっていましたが、温室効果ガスによる大気の温暖化が同じく偏西風を強める方向に働いていました。

ついに暖かい塩水は冬期水層を突き破って表面まで届き、強い風による激しいかき混ぜが起こります。「2015年以降、深部からの熱と塩のかき混ぜがはっきり強まっています」とナラヤナン氏は説明します。チームの解析でも、海氷融解の最初の引き金は「下からの熱」であることが確かめられました。上昇してきた塩分の高い水はもともとの層構造をさらに弱め、より多くの熱と塩が上に届きやすくなります。特に東南極で、この影響が強く現れました。

第3段階:白い氷が減って熱の吸収が暴走(2018年以降)

2018年ごろまでに海氷の減少は止まらない自己強化のサイクルに入りました。海氷が減ると、太陽光を宇宙に跳ね返してくれる白い面が小さくなり、暗い海面が露出します。すると南極海は夏により多くの熱を吸い込むようになり、秋になっても海氷ができにくくなります。

海氷の形成が遅れるほど面積は小さくなり、海はさらに熱を蓄え、翌年の形成も遅れる、という悪循環です。海氷は夏に融けるとき真水を供給して表層を冷たく低塩分に保ってきましたが、その「天然の冷却装置」も弱まっているのです。

記者の視点:南極海は地球の「巨大冷凍庫」だった

この研究で印象に残るのは、南極の海氷が単に「海面が凍る場所」ではなく、地球全体の熱と二酸化炭素の循環を司る巨大な装置だったという点です。

南極海はここ50年の間、大気にたまった余分な熱の約75%を吸収してきたと見られています。海氷ができるときに排出される塩は、密度の重い海水を生み、それが深層へ沈み込みながら熱と炭素を北へ運んでいきます。海氷が減ると、この沈み込みのしくみそのものが弱まり、海が熱と二酸化炭素を深海に「しまい込む」働きが落ちる恐れがあります。

日本の研究機関にとっても他人事ではありません。JAXAや国立極地研究所は、南極海の海氷面積を衛星と昭和基地周辺の観測で長年追ってきました。今回のように外洋深部からの熱供給がポイントだとなれば、深海の温度・塩分プロファイルを長期に取り続ける観測網の重要性がいっそう高まります。

ナンキョクオキアミやペンギン、クジラなど、海氷を生活基盤とする生き物への影響も、すでにコウテイペンギンの繁殖失敗やヒナの大量死という形で見え始めています。地球の遠く南の端で起きている変化は、海面上昇や気候システムの変化を通じて、日本の暮らしにも回り回ってつながる話なのです。

「崩壊」ではなく「新しい南極」へ

ナラヤナン氏は今回の状態を「崩壊とまでは言えないが、南極はまったく新しいシステムのように振る舞っている」と表現しています。降水量の増加や氷床の融解水が、偏西風の影響を和らげる方向に働く可能性も残っており、まだ「もう戻れない」と決まったわけではありません。

ただし、温室効果ガスの排出が続けば偏西風はさらに強まり、海氷は南極大陸の沿岸側へ後退し続けるとみられています。3段階の連鎖はまだ動き続けています。私たちが今後どんな選択をするかが、この巨大な氷の世界が次にどんな顔を見せるかを決めることになりそうです。