夏が来るたびに「今年の電気代はいくらになるんだろう」と気になる方は多いはずです。エネルギー問題の切り札として長く期待されてきたのが、太陽と同じ原理で発電する「核融合」です。今回、中国の研究チームが、核融合の実用化を阻んできた2つの大きな課題を同時に緩和する新しい運転モードを実証した、と発表しました。「科学者たちは核融合エネルギーの2大難問を同時に解決したかもしれない」と題するSciTechDailyの報道をもとに、何が起きたのか、なぜ画期的なのか、日本の核融合研究にとってどんな意味があるのかを見ていきます。
核融合炉が長年戦ってきた「2つの壁」
核融合発電は、軽い原子核どうしを衝突させてエネルギーを取り出す仕組みです。実現には1億度を超えるプラズマを磁石でドーナツ状に閉じ込める「トカマク」と呼ばれる方式が主流ですが、長く安定して燃やし続けるのが非常に難しいことが知られています。
立ちはだかってきた壁は主に2つあります。
まず一つ目が、プラズマの端で突発的に起こる「ELM(周辺局在モード)」と呼ばれる現象です。プラズマの周辺領域で短時間にエネルギーや粒子が周期的に噴出する現象で、ごく短いパルスとして装置の内壁にぶつかります。日常のたとえで言えば、安定して燃えている火から突然火の粉が吹き出すようなもので、炉の壁を傷つけ、装置の寿命を縮める原因になります。
二つ目が、プラズマから流れ出る熱を受け止める「ダイバータ」への過大な熱負荷です。ダイバータはプラズマと炉壁の間で熱や粒子を逃がす排気口の役割を果たしますが、ここに集中する熱負荷は、宇宙船が大気圏に再突入するときに受ける熱負荷に匹敵すると言われます。素材がどれだけ頑張っても、長時間使えば溶けたり摩耗したりしてしまうのです。
この2つは、片方を抑えるともう一方が悪化しやすいトレードオフの関係にあり、両立は核融合研究者にとって悩みのタネでした。
中国「人工太陽」EASTで実現した新方式「DTP」
今回の主役は、中国科学院プラズマ物理研究所が運用する全超伝導トカマク装置「EAST」です。EASTは「人工太陽」とも呼ばれ、過去には1,000秒を超える長時間運転やグリーンワルド密度限界を超える運転にも成功してきた、世界トップクラスの実験炉です。
徐国盛教授らの研究チームは、ここで「DTPモード」と名づけた新しいプラズマ運転手法を実証しました。正式には「Detached divertor and Turbulence-dominated Pedestal(ダイバータ非接触+乱流支配ペデスタル方式)」と呼ばれます。
仕組みのポイントは、軽い不純物ガスを精密に注入することにあります。
- ダイバータ付近で意図的にプラズマを冷やし、壁との相互作用を弱める「部分的な非接触」状態にして熱負荷を下げる
- プラズマの周辺領域(ペデスタル)に微小な乱流を起こし、エネルギーと粒子をゆっくり外側へ逃がす
- 圧力が一気にたまりにくくなるため、ELMによる突発的なエネルギー噴出が起こりにくくなる
つまり、わざと小さな「漏れ」を作って圧力鍋の蒸気を逃がすイメージです。結果として、ダイバータへの熱負荷は抑えられ、ELMはほぼ消え、それでいてペデスタル領域の電子温度が上昇し、エネルギー閉じ込め性能の改善も確認されたといいます。実験では約1分間の安定運転に成功し、研究チームは2026年3月23日付の学術誌『Physical Review Letters(フィジカル・レビュー・レターズ)』に成果を発表しました。
記者の視点:日本の核融合研究にとっての意味
「中国の成果」と聞くと遠い話に感じるかもしれませんが、核融合は国際協力で進められている分野です。日本も茨城県那珂市の「JT-60SA」やフランスで建設中の「ITER(国際熱核融合実験炉)」に深く関わっており、ダイバータやペデスタルの課題は共通の宿題でした。
特に注目したいのは、今回の手法が「特別な新素材」ではなく「運転の工夫」で2つの課題を同時にクリアした点です。これは既存の装置でも応用しやすいことを意味します。日本のJT-60SAは、もともとプラズマの先進的な運転モードを研究するために作られた装置で、今回のような新しいレシピを検証する有力な候補になりえます。
また、近年は民間の核融合スタートアップも増えており、日本でも関連技術を手がける企業が出てきています。長時間運転と機器寿命のバランスが取れる方向性が見えてきたことは、商用炉設計のリスクを下げ、投資判断を後押しする材料にもなりそうです。エネルギー安全保障の観点でも、将来の選択肢を広げる基盤技術が一歩前進したと受け止めてよいでしょう。
「無限のエネルギー」までの道のりはまだ続く
もちろん、1分間の運転と発電所レベルの運転の間には、まだ大きな技術的ギャップがあります。商用炉では数時間、数日、最終的には継続運転が求められ、燃料の自給(三重水素の増殖)や経済性など、解くべき宿題は山積みです。それでも、長年「あちらを立てればこちらが立たず」だった2大難問に、現実的な解の候補が示された意義は大きいと言えます。
夢物語のように語られてきた核融合発電が、地道な研究の積み重ねで「実用化に向けて何が必要か」がはっきり見えるフェーズに入りつつあります。次に大きなニュースを届けてくれるのが、ITERなのか、JT-60SAなのか、それとも別の国なのか。少なくとも今回の成果は、日本の研究者にとっても確実に追い風になるはずです。
