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なぜ人類だけが9割右利きなのか、二足歩行と脳の拡大が解いた進化の謎

学校でハサミを使うとき、左利きの友だちが「使いづらい」とつぶやくのを聞いた覚えはないでしょうか。世界の道具のほとんどは右利き向けに作られています。実は、人類のおよそ9割が右利きで、これほど極端な偏りを持つ動物は他にいません。ScienceDailyが「科学者たちは人間の右利きの謎を解いたかもしれない」と報じた最新の研究は、この長年の疑問に対して「二足歩行と脳の拡大」という新しい答えを示しました。今回はその研究内容と、私たちの日常への意味を一緒に整理していきます。

9割が右利きの「人類だけの特徴」

オランウータンやチンパンジーといった大型類人猿でも、個体ごとに使いやすい手は存在します。ただし、集団全体で見ると、人類ほど一方向に極端に偏ることはありません。

これに対して人類は、文化や時代に関わらず、世界中で右利きの割合がだいたい一定です。日本でも、右利き約88.5%、左利き約9.5%、両利き約2.1%という統計があり、各国の値と大きな差はありません。古代の壁画や考古資料にも、右手を多く使っていたことを示す痕跡が知られています。

つまり、「大多数が右利き」という強い偏りは、人類だけが持つ生物学的な性質である可能性が高い、というのが今回の研究の出発点です。

霊長類2,025個体を比べて見えた「2つの進化の鍵」

オックスフォード大学のThomas A. Püschel氏、Rachel M. Hurwitz氏、レディング大学のChris Venditti氏らの研究チームは、41種・合計2,025個体の霊長類のデータを使い、利き手の偏りがどんな特徴と結びつくかを統計的に解析しました。論文は2026年4月にPLOS Biology誌に掲載されています。

研究チームが用いたのは系統ベイズ比較モデリングと呼ばれる手法です。種同士の進化的なつながりを踏まえながら、利き手の傾向と次のような要素との関係を一気に比べました。

  • 食べ物と道具の使い方
  • 生息環境(地上か樹上か)
  • 体の大きさ
  • 群れの社会構造
  • 脳の大きさ
  • 腕と脚の長さの比率(二足歩行の指標)

その結果、ほかの要素の影響を考慮してもなお強く残ったのが、二足歩行脳の大きさという2つの要因でした。腕と脚の長さの比、つまり「どれだけ二足歩行に適応しているか」を取り入れると、人間の特異な右利き偏向は無理なく説明できる、というのです。

「立ち上がる」と「賢くなる」が手を片側に寄せた

研究チームは、進化の流れを次のように描いています。

Step 1: 直立歩行が手を移動から解放した

四足歩行をやめて立ち上がったことで、両手は歩く役目から解き放たれ、自由に道具を使ったり物を操ったりできるようになりました。手の自由度が増した結果、左右どちらかに作業を任せた方が手先の細かい操作が上達しやすいという選択圧が生まれます。

Step 2: 脳の拡大が片寄りを後押しした

ホモ属が登場し脳が大きくなるにつれて、より複雑な認知や精密な道具づくりが発達したと考えられます。脳の左右で役割を分担する「側性化」が進むと、利き手の偏りはさらに強まります。

Step 3: 例外もパズルを補強する

研究では、脳が比較的小さく木登りへの適応も残していたホモ・フロレシエンシスについて、現代人ほど極端な右利き傾向はなかった可能性が示されました。この「例外」が、二足歩行と脳の拡大という説明の整合性を裏付ける形になっています。

記者の視点:教育現場の「右手矯正」を見直す材料に

日本では、左利きの子に右手を使わせる「矯正」がかつて広く行われ、今でも家庭や学校で議論が続くテーマです。今回の研究が示すのは、右利きの偏りは長い進化の中で生まれた生物学的な傾向であって、社会が押し付けたものではない、ということです。

裏を返せば、左利きが消えなかったのも自然です。研究者たちは、左利きが残り続けた理由として、文化の累積効果や、社会的・個体的な多様性の必要などを今後の課題に挙げています。利き手は単純な「正解と間違い」ではなく、進化が許容している幅の中で揺らいでいる特性なのです。

学校や職場で左利きの人が不利にならないように、ハサミやマウスなど道具の左利き対応を整えていく動きは、世界的に強まっています。「左利きにまつわる雑学」などを読みながら、左利きの同僚や家族の使い勝手にも目を向けてみる価値がありそうです。

利き手の謎が教えてくれる、人類進化のこれから

「なぜ人類だけが極端な右利きなのか」という問いは、子どもでも一度は不思議に思う身近なテーマです。今回の研究は、その答えが二足歩行と脳の拡大という人類進化の二大テーマと深く結びついていることを示しました。

利き手の研究は、これからも認知科学、脳科学、ロボット工学など多くの分野とつながっていくはずです。AIロボットの動作設計や、リハビリ医療における利き手の役割など、応用の幅は広がる一方です。次に右手でペンを握るとき、その何気ない動作の背景に、数百万年の進化の物語があると思うと、少し誇らしい気持ちになるかもしれません。