結婚指輪や仏壇の金箔、博物館に並ぶ古代の金製品。鉄が赤く錆び、アルミニウムも空気に触れて酸化皮膜を作るのに、金は何十年たっても輝きを失いません。この「当たり前」の理由が、ようやく原子のレベルで説明されました。米メディアScienceAlertが報じた「金が錆びない原子レベルの理由を科学者が解明」によると、金の表面では原子が驚くほどぎっしりと並び直すことで、酸素分子の攻撃を物理的にはね返しているといいます。今回はその仕組みと、日本との意外なつながりを読み解きます。
金の表面で起きる「再構成」、酸素を弾く秘密
研究を行ったのは米テュレーン大学の研究チームで、論文はフィジカル・レビュー・レターズに掲載されました。手がかりとなったのは「表面再構成」と呼ばれる現象です。金の内部では、原子は面心立方格子と呼ばれる規則正しい結晶構造をとっています。ところが最表面の原子だけは少しずれて、六角形を基本にした緻密な並びへと配置を変えるのです。さらに一部の面では、魚の骨のような独特のジグザグ模様(ヘリンボーン模様)まで現れます。
研究チームは、こうした緻密に再構成された表面と、再構成のないゆるい正方形状の表面を、コンピューターでくわしくシミュレーションして比べました。すると同じ金でも、酸素分子が2つの酸素原子に分かれる反応は、再構成のないゆるい表面の方が「数十億〜数兆倍」も起きやすいという、衝撃的な差が出たのです。金の酸化が進むには、まず酸素分子が表面で活性化される必要があります。その最初の一歩が、緻密に並んだ金表面ではほとんど踏み出せない、ということになります。
塊では不活性、ナノ粒子では触媒になる謎にも光
この発見には、もう一つ面白い意味があります。金の塊が化学的に不活性なのに対し、直径が数ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)の金ナノ粒子になると、突然優秀な触媒として働くという長年の謎です。これは「錆びない金属が反応を進める」という、一見矛盾した話でもあります。
研究チームはこの謎にも踏み込み、「ナノ粒子ではサイズが小さいため、塊の金で見られる緻密な表面再構成が十分には発達しにくく、反応しやすいゆるい配列が残りやすいのではないか」という見方を示しました。普段は不活性な金が、ナノサイズに刻まれた途端に酸素を呼び込みやすい姿に変わる。同じ元素でも形を変えると性格まで変わってしまうのが、表面科学の面白さです。
記者の視点:日本が切り拓いた「金触媒」と地続きの研究
じつは、ナノサイズの金が触媒として働くという事実を世界で初めて報告したのは日本の研究者でした。化学者の春田正毅氏(1947〜2022年)は1987年に、金ナノ粒子が室温でも一酸化炭素を二酸化炭素に変えられることを示し、「金触媒」という研究分野そのものを切り拓いた人物として国際的に知られています。
その後の研究で、金ナノ粒子は排ガスの浄化やにおいセンサー、医薬品の中間体合成など、幅広い用途が期待されてきました。今回のテュレーン大学の論文は、「なぜ塊だと触媒にならないのに、小さくなると働くのか」という春田氏以来の根源的な問いに、表面の原子配列という新しい鍵を差し込んだ格好です。日本が長年積み重ねてきた金触媒研究に、また一段新しい知見が加わったと言ってよいでしょう。
錆びない貴金属が、明日の触媒設計を変える
研究チームは今後の展開として、金表面の再構成を意図的に抑え込んだり、逆に反応しやすいゆるい配列を保ったまま安定化させたりすれば、これまで以上に効率の良い金触媒が作れる可能性を示しています。腐食しにくい安定性と、酸素を活性化する触媒能力は、一見すると両立しにくい性質ですが、原子の並び方をうまく調整できれば、この2つを同時に手に入れる道筋が見えてきます。
身近な金の指輪が何十年も輝き続ける背景には、太古から人類を魅了してきた金の原子が、表面でひっそりと整列して酸素を遮るという、静かで美しい仕組みがありました。錆びないという当たり前の中に、次世代の触媒やセンサーを生み出すヒントが詰まっているのは、なかなかロマンのある話です。
