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私たちは皆「アスガルド人」?真核生物の起源は20億年前の古細菌

夜の食卓に並ぶしいたけも、庭に咲くアサガオも、私たち人間も――じつは20億年以上前の共通の祖先から枝分かれしてきた可能性があります。米国とオランダの研究チームが、動物・植物・菌類など複雑な生命の起源に迫る有力な手がかりを示したと話題になっています。

科学情報サイトIFLScienceの「動物・植物・菌類は古細菌「アスガルディアン」を共通の祖先に持つ可能性」によると、私たちの最も近い「親戚」にあたる古細菌の系統が、ついに特定されたといいます。きっかけは数百種におよぶ古細菌の遺伝情報を徹底的に比べる、地道な解析作業でした。

この記事では、生命の起源に迫る研究の中身と、なぜ研究チームが北欧神話の神々の名を借りたのか、その背景まで解き明かしていきます。

真核生物の謎をたどる長い旅

私たちの体を構成する細胞は、DNAが「核」という袋の中にまとめられています。こうした仕組みを持つ生物を真核生物と呼び、動物・植物・菌類のほか、ゾウリムシのような単細胞生物も含まれます。

地球上にはほかに、核を持たない細胞からなる生物として「細菌」と「古細菌」の2グループがいます。とくに古細菌は、温泉や深海といった極限の環境にすむ仲間が多く見つかってきた、独特なグループとして知られています。

長年、生物学者を悩ませてきたのが「真核生物はいつ、どこから来たのか」という問いです。有力な説では、約16億〜22億年前に古細菌に近い祖先が、のちにミトコンドリアとなる細菌と共生関係を結び、両者が一体化することで真核生物が生まれたと考えられています。難点は、その元となった古細菌の仲間が、長らく特定できなかったことでした。

海底から見つかった「アスガルド古細菌」

転機は2023年に訪れました。テキサス大学オースティン校とオランダのワーゲニンゲン大学を中心とする国際チームが、何百種類もの古細菌のゲノムを比較し、ある重要な系統を突き止めます。論文は権威ある科学誌ネイチャーに掲載されました。

注目されたのが「アスガルド古細菌」と呼ばれるグループです。彼らは深海の堆積物や温泉の中にひっそりと暮らしており、真核生物に特有と考えられてきた遺伝子をいくつも持っていることが、先行研究から分かっていました。

研究チームはさらに、その中で真核生物にもっとも近い姉妹系統と見られる新しい目を「ホダルケアレス」と位置づけました。海底の泥から見つかったこの仲間は、複雑な細胞の仕組みにつながる遺伝子を数多く備えています。研究チームのコメントを借りれば、ホダルケアレスは「古細菌の世界における私たちの姉妹グループ」と言える存在なのです。

なぜ「アスガルド」と「ホズ」?北欧神話と科学の接点

このグループ名の由来は北欧神話です。アスガルズは神々が住む天上の国を指し、ホズはオーディンとフリッグの間に生まれた盲目の神で、いたずら者のロキにだまされて兄弟のバルドルを殺めてしまう悲しい存在として描かれます。

じつはアスガルド古細菌の仲間には、これまでにもロキ・トール・オーディンなど北欧神話に由来する名前が次々と使われてきました。今回のホダルケアレスも、その命名の流れを受け継いだものです。論文の共著者は「『私たちは皆アスガルド人』というジョークが、いずれ墓石に刻まれそうだ」と冗談を飛ばしています。

科学が物語や娯楽と結びつくと、専門家以外にも研究の魅力が伝わりやすくなります。命名一つにも研究チームの遊び心が垣間見える点が、この発見をより親しみやすいものにしています。

記者の視点:ルーツは海底の微生物

この研究の凄みは、目に見える化石ではなく、現代の微生物の遺伝子という「分子の設計図」から20億年前の出来事を再構築している点にあります。研究チームの言葉を借りれば、まるで「タイムマシン」で太古の代謝反応をのぞき込むような試みなのです。

日本人にとっても、この研究は他人事ではありません。和食に欠かせない海苔や麹、毎日の食卓に並ぶ野菜や魚も、いずれも真核生物のなかま。もとをたどれば、アスガルド古細菌に近い祖先系統と深く関わる進化の道のりにつながっている可能性があります。地球上のすべての複雑な命が一つの源につながっているという視点は、生物多様性や環境問題を考えるうえでも重要な手がかりになるはずです。

海底の微生物が生命科学を切り拓く

アスガルド古細菌の研究は、まだ始まったばかりです。多くは実験室での培養が難しく、今回のような研究ではゲノム解析を頼りに姿や働きを推定する部分が大きいのが実情です。それでも、複雑な細胞のもとになった分子の仕組みが、少しずつ明らかになりつつあります。

これから先、今回の発見を出発点に、生命がどうやって「単純な細胞」から「複雑な細胞」へと飛躍したのかが解き明かされるかもしれません。私たち自身のルーツを書き換える研究の最前線から、しばらく目が離せそうにありません。