ワカリタイムズ

🌍 海外ニュースを「わかりやすく」

蚕の絹をケブラーに迫る透明素材に、熱と圧力で実現する新技術

着物や絹のスカーフを思い浮かべると、しなやかで美しい風合いと同時に「繊細で扱いにくい」という印象を持つ方も多いかもしれません。ところが今、その蚕の絹を防弾チョッキに使われるケブラーに迫る強さに変える新技術が登場し、注目を集めています。海外メディアのGizmodoが「蚕の絹をケブラー級の超素材に変えることに成功」と伝えたこの研究は、米国と英国の研究チームが熱と圧力だけを使って絹を強靭で透明な素材へと変えたものです。今回はその仕組みと、日本の暮らしや産業にもたらす意味を読み解きます。

ケブラーに迫る強さの正体:透明・強靭・生分解性

研究を行ったのはタフツ大学、インペリアル・カレッジ・ロンドン、ミシガン大学の合同チームです。論文は持続可能性をテーマにした学術誌Nature Sustainabilityに掲載されました。

開発された素材の特徴は次のように整理できます。

  • 引張靱性が骨を上回り、ケブラー繊維に近い水準を示す
  • 可視光に対して透明で、無線通信や撮像の用途にも応用しやすい
  • 突き刺しへの抵抗力が炭素繊維強化プラスチック並み
  • マウスへの埋め込みで徐々に分解することが確認され、生分解性を備える

ケブラーはデュポン社が開発した合成繊維で、防弾チョッキやヘルメットに使われる代表的な高強度素材です。それに迫る性能を、人類が数千年前から使ってきた絹から引き出せるという発想は、これまでの常識を大きく揺さぶります。さらに透明性や生分解性を併せ持つ点は、従来の高強度素材との明確な差別化につながります。

熱と圧力で繊維を融合させる新手法

これまでも絹を高機能素材に変える試みは数多くありました。しかし多くの場合、強い化学薬品で絹を一度溶かして再成形する工程を経るため、絹本来の優れた構造が損なわれてしまうという課題がありました。

研究チームが採用したのは、絹繊維に簡単な前処理を行ったうえで、主に熱と圧力で繊維を融合させるシンプルな手順です。

  1. 市販の絹繊維から、蚕がつくる粘着性の被覆を取り除く
  2. 絹繊維をきれいに整列させる
  3. 熱(約125〜215℃)を加える
  4. 高い圧力(約1,900〜9,800気圧、約192〜993メガパスカル)をかける

研究チームは「繊維を並べて熱と圧力を加えるだけで、一段階で融合する」と説明しています。最適な条件のもとでは絹繊維が密に結合し、透明でしなやかな板状の素材ができあがります。

注目すべきは、絹本来の生体適合性や生分解性といった長所が失われない点です。強い化学薬品で溶かす工程を避けられるため、製造時の環境負荷も低く抑えられます。持続可能なものづくりを掲げるNature Sustainabilityのテーマとも相性が良い研究と言えます。

記者の視点:日本の蚕糸業に新たな可能性

絹は日本にとって特別な素材です。明治から昭和初期にかけて、生糸は日本の輸出を支える基幹産業の一つでした。富岡製糸場が世界遺産に登録されたのも、この歴史を反映しています。しかし化学繊維の普及とともに国内の養蚕業は急速に縮小し、現在では小規模な特産品としての位置づけに変わっています。

今回の研究は、絹を「衣料の素材」から「先端工学の素材」へと位置づけ直す可能性を示しています。仮に小さな養蚕拠点でも医療機器や高機能素材の原料として絹を安定して供給できるようになれば、地方の伝統産業に新しい収益機会が生まれるかもしれません。

加えて、化学薬品の大量使用に依存しない製造工程は、環境配慮型のものづくりを目指す日本の製造業の方向性とも合致します。バイオ素材は石油由来素材の代替として注目される分野でもあり、国内の繊維メーカーや研究機関にとっても見過ごせない動きと言えそうです。

医療と通信を変えるかもしれない未来

研究チームが想定している応用先は多岐にわたります。生分解性を活かせば、体内に一定期間置いた後に自然と消える医療用インプラントとして使える可能性があります。例えば骨折を治すための一時的な固定材や、薬を少しずつ放出するデバイスなどが考えられます。

透明で光学的な特性が良いという点も大きな魅力です。電波や光をうまく通したり制御したりできる素材は、無線通信機器や撮像装置の部品としても応用が期待されます。さらに突き刺しに強い性質は、軽量な防護具や航空機部品にも結びつくかもしれません。

研究チームは今後、より複雑な形状を成型できるようにする工程改良や、量産化に向けた課題に取り組む方針です。実用化までにはまだ時間が必要ですが、伝統的な絹が最先端の工学素材として再評価される日は、思いのほか早く訪れそうです。