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火星の砂を菌類で畑に、宇宙農業を実現する新構想

家庭菜園で土に有機肥料を混ぜると、野菜の育ちが見違えるほどよくなることがあります。地球では当たり前のこの「土づくり」を、火星や月の表面でも実現できないか。そんな問いに、目に見えない小さな生き物を使う可能性を示した研究が発表されました。「菌類が火星のレゴリスを作物用の肥沃な土にできる可能性」として紹介された、アメリカとブラジルの国際研究チームによる総説論文です。地球の畑で人類を支えてきた菌類が、人類の活動範囲を地球の外へ広げる鍵になるかもしれません。

火星の「土」が抱える根本的な問題

火星や月の表面を覆っているレゴリスは、岩石が長い時間をかけて細かく砕けた粉じんのような層です。一見すると地球の土に近いのですが、決定的に異なる点があります。植物の生育に欠かせない窒素、カリウム、リンといった栄養素がほとんど含まれていないことです。

加えて、レゴリスは水分の保持力が低く、月面や火星の表面では強い紫外線や宇宙線への対策も欠かせません。地球から土や肥料を運び込めば話は早いのですが、火星まで物資を輸送するコストは膨大で、長期滞在を支える食料生産には現実的ではありません。そこで研究者たちは、現地のレゴリスをそのまま活用しつつ、植物が育つ環境へ作り変える方法を探っています。これは「現地資源利用(ISRU)」と呼ばれる、宇宙開発における重要な考え方です。

主役はアーバスキュラー菌根菌とトリコデルマ

論文で注目されているのは、農業の世界でもおなじみの2種類の菌類です。

ひとつはアーバスキュラー菌根菌(AMF)。植物の根に入り込んで共生し、菌糸を細かく伸ばすことで、根が届かない場所からもリンや水分を吸い上げて植物に届けます。研究者はこれを「植物の根の顕微鏡的な延長」と表現しています。陸上植物のおよそ8割と共生できるとされ、日本でも減肥栽培の資材として利用が進んでいます。

もうひとつはトリコデルマ属菌。塩や乾燥といった厳しい環境ストレスへの耐性を植物に与え、土壌中の養分を植物が使える形に変える力を持っています。レゴリスのような栄養に乏しい環境では、こうした「土づくりの助っ人」が威力を発揮すると期待されています。

研究チームは、これらの菌類が植物の生育を直接助けるだけでなく、レゴリス基質の物理化学的な性質を改善し、新たに導入された微生物群集にも良い影響を与える可能性に言及しています。

候補となる菌類 主な働き
アーバスキュラー菌根菌 リンや水分の吸収を助ける
トリコデルマ属菌 環境ストレスを和らげ養分を動かす

記者の視点:日本にとっての宇宙農業

この研究は単なる遠い未来の話ではありません。NASAが進める「月から火星への構想」の一環である月面探査では、日本もJAXAの有人与圧ローバーを通じて協力することでNASAと合意しています。月面や火星での長期滞在が現実味を帯びるほど、現地での食料生産技術の需要は高まります。

日本は微生物を使った発酵食品や農業技術で世界をリードしてきた国です。アーバスキュラー菌根菌の研究では理化学研究所などが国際的な成果を出しており、宇宙農業の領域で日本が独自の存在感を示せる基盤は十分にあります。地球での減肥・持続可能な農業の研究が、そのまま火星探査の技術につながる構図は、研究の価値を二重にも三重にも引き上げます。

別の研究では、シアノバクテリアと火星レゴリス模擬土を組み合わせ、わずか1グラムの生物素材から約27グラムのウキクサを育てることに成功した例も報告されています。地球外資源を想定した栽培研究が「収穫」を具体的に議論できる段階へ近づいていることは、確かなようです。

小さな菌類が拓く、宇宙時代の食卓

宇宙開発というと巨大ロケットや高性能ロボットが注目を集めがちですが、人類が地球の外で長く暮らすためには、最終的に「何を食べるか」という素朴な問いを避けて通れません。今回の研究は、その答えのひとつを、足元の土の中で静かに働く菌類が握っていることを示しました。

地球の畑を支える知恵と、宇宙へ挑む夢が出会う場所に、新しい科学のフロンティアが広がっています。次の世代の宇宙飛行士が火星の温室で収穫したサラダを口にする日は、菌類という小さな主役の活躍にかかっているのかもしれません。