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15億年前のタンパク質ネットワークが隠れた病気の遺伝子を暴く

人間の遺伝子の半分くらいは、想像もつかないほど大昔の単細胞生物から受け継いだものだ、と聞くと驚かれるかもしれません。実はその気の遠くなる時間の中で、私たちが今かかる病気の手がかりが眠っているという研究が報告されています。Phys.orgの記事「15億年前のタンパク質ネットワークを再構築し、隠れた病気の遺伝子を数百個明らかに」によると、米テキサス大学オースティン校の研究チームが、動物・植物・菌類など現存する真核生物の共通祖先のタンパク質ネットワークを史上最大規模で復元したといいます。本記事では、その仕組みと、私たちの医療がどう変わりうるかを分かりやすく見ていきます。

「太古のレシピ」を復元するという発想

研究の主役は、LECA(最後の真核生物の共通祖先)と呼ばれる推定上の祖先です。動物・植物・菌類など、核を持つ細胞からなる生物はすべて、約15〜18億年前にこのLECAから分岐してきたと考えられています。

研究チームは、現在生きている31種の真核生物を対象に、細胞内で相互作用するタンパク質の組み合わせを徹底的に調べました。具体的には、合計で2万5,000回を超える生化学実験を行い、質量分析と呼ばれる高精度の機械でタンパク質同士の相互作用、つまりつながり方を分析しています。

集まったデータは、テキサス大学のテキサス先端計算センター(TACC)に置かれたスーパーコンピュータで処理されました。31種それぞれのつながりの「共通項」を取り出すことで、研究チームはLECAの中で動いていたであろうタンパク質ネットワークを推定したのです。これは、現在残されている料理から、レシピのもとになった原型を逆算するような作業に近いといえます。

なぜ古いネットワークから病気の遺伝子が見つかるのか

ここで気になるのが、なぜ何十億年も前のタンパク質を調べると、今の人間の病気の遺伝子が見つかるのか、という点です。

カギを握るのは、ヒトの遺伝子の約半分は、LECAの時代に存在した遺伝子に由来すると考えられる、という事実です。細胞の中でエネルギーを作る、いらないものを処分する、といった基本的な仕事は、生命にとってあまりに大事だったので、進化の途中でほとんど変えずに受け継がれてきました。そのため、ヒトの体の不具合の根っこにある遺伝子の多くは、LECAの時代に成立したネットワークの一部だと考えられます。

研究チームが使ったのは「つながりで疑う」と呼ばれる発想です。すでに病気と関係していると分かっている遺伝子があれば、その遺伝子が作るタンパク質と細胞内で相互作用する別のタンパク質の遺伝子も、同じ病気に関わっている可能性が高い、と考えます。古代のネットワークが残っていればいるほど、まだ知られていない関連遺伝子の候補を、つながり方から芋づる式に拾い上げることができるわけです。

実際に関連が検証された3つの病気

論文では、こうして拾い上げた候補遺伝子について、動物モデルで実験が行われ、次の3つの病気との関わりが確かめられたと紹介されています。

病気 主な症状
大理石骨病(骨硬化症) 骨が異常に硬く緻密になり折れやすくなる
末期腎不全 腎臓の機能が失われ、透析や移植が必要になる
短肋骨胸郭異形成症 胸郭が狭く肋骨が短い、希少な遺伝性骨疾患

希少疾患や原因の特定が難しい病態では、原因遺伝子がはっきり分かっていない例が数多くあります。今回のような大規模な解析は、患者や家族、医療者にとって診断の手がかりになる可能性を秘めています。

記者の視点:日本のゲノム医療にどう響くか

日本では国の事業として、希少疾患や難病のゲノム解析が進められています。原因不明だった患者さんに対し、遺伝子を網羅的に調べて診断につなげる動きは、ここ数年で大きく広がってきました。

ただ、これだけ膨大な遺伝子の中から「どれが本当に病気の原因か」を見極めるのは、現場の研究者にとっても容易ではありません。今回のLECAの研究は、その判断を後押しする「進化のものさし」を提供してくれる点で大きな意味を持ちます。

具体的には、こんな使い方が期待できます。

  • 原因不明とされてきた患者の遺伝子変異が、太古から保存されてきたネットワークの中にあるかを確認する
  • 似た働きをする遺伝子のグループに新薬の標的を絞り込む
  • まだ研究されていない希少疾患の候補遺伝子をリスト化する

これまでは個別に研究されていた病気どうしが、進化の地図の上で隣り合っていることが見えるようになるかもしれません。情報科学とゲノム解析を強みとする日本の研究機関にとっても、相性のよいテーマといえます。

進化の系譜を「医療地図」に書き換える挑戦

15億年前という想像を超える時間の彼方から、今を生きる私たちの病気の手がかりを引き出す試みは、生物学と医学の境目を静かに溶かしていきます。LECAのタンパク質ネットワークの復元は、その大きな一歩です。

今後は、より多くの希少疾患について同じ手法で候補遺伝子の絞り込みが進み、診断名にたどり着ける患者が増えていくはずです。進化の歴史をたどることが、いつか自分や家族の医療を変えるかもしれない――そんな視点で、生命科学のニュースを追ってみるのも面白い時代になってきました。