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ハトは「肝臓」で方角を感じている?100年の謎に挑んだ新研究

公園で何気なく見かけるハト。一見のんびりした鳥に見えますが、伝書バトとして利用されてきたハトは、数百キロ離れた場所からでも自分の帰巣地に戻ることができます。「どうしてハトは迷子にならないのか」という疑問は、実は100年近くも科学者を悩ませてきた未解決問題です。そんな積年の謎に新しい光を当てる研究結果が「ハトは肝臓で方角を感じているかもしれない」というニュースで報じられました。研究を行ったのは、マックス・プランク動物行動研究所やボン大学などの研究者たちで、まさかの「肝臓の免疫細胞」が方角探しに関わっているかもしれないという内容です。Science誌に掲載されたこの研究の中身と、その意外な意味を読み解きます。

100年解けなかった「動物の磁気感覚」

そもそも動物は、星や地形に加えて、地球の磁場をコンパスのように使って方角を知っていることが知られています。鳥や魚、ウミガメなど、長距離を移動する動物の多くがこの能力を持つと考えられてきました。

しかし、肝心の「どこで磁場を感じているのか」がはっきりしませんでした。これまでに有力視されてきた仮説は次の3つです。

  • 目の中の光に反応する分子で感じる
  • くちばしの中の鉄を含む細胞で感じる
  • 内耳の感覚細胞で感じる

研究に参加したマックス・プランク動物行動研究所のマルティン・ヴィケルスキ氏は、「磁気感覚は100年近くにわたって謎だった」と振り返ります。実験動物としてよく使われてきたハトでさえ、決定的な答えは出ていなかったのです。

肝臓に「鉄を蓄える」免疫細胞が見つかった

研究チームはハトの体のあちこちを丁寧に調べ、磁気的な信号を探しました。すると最も強い反応が出たのが、誰も予想していなかった肝臓でした。

注目したのは、肝臓の中にいる「マクロファージ」という免疫細胞の一種です。マクロファージは古くなった赤血球を分解し、そこに含まれていた鉄を取り込んで蓄える役割を持ちます。詳しくはマクロファージのWikipedia項目が参考になります。鉄を多く含む構造は磁場と関わりうるため、たくさんの鉄を抱え込んだこの細胞が、方位磁針のような役割を一部担っている可能性があるというわけです。

免疫細胞を取り除くとハトは迷子になる

仮説を確かめるため、研究チームはハトの鉄を多く含む免疫細胞を一時的に減らし、放鳥して飛行を追跡する実験を行いました。すると共著者でボン大学のクリスティアン・クルツ氏が説明する通り、ハトは「帰り道を見つけられなくなった」のです。

さらに興味深かったのは、この方角を見失う現象が曇天の日に限って起きたことでした。晴れた日には太陽を手がかりに飛べるため、磁場の感覚が一時的に乱れていても問題ないと考えられます。鳥は複数のナビゲーション手段を組み合わせて使い、状況に応じて使い分けているとみられます。

脳まで信号が届く道筋

ボン大学のクリビア・リゾフスキ氏は、肝臓の中で問題のマクロファージが神経線維のすぐ近くにいることに注目します。これは細胞が感じ取った磁場に関する情報が、神経を通じて脳へ伝わる経路がある可能性を示しています。これまで磁気感覚と免疫細胞の関係をきちんと説明した本格的な理論はなかったため、今回の論文は新しい枠組みを提示した形になります。

記者の視点:免疫と感覚が交わる驚きの構図

この研究の面白さは、まったく違う分野とされてきた免疫学と感覚生理学が、ここで一本につながる点にあります。マクロファージは本来、感染やけがの後始末をする「掃除屋」として知られてきました。それが副産物として鉄を蓄え、そのおかげで磁場のコンパスにもなっているかもしれない、というのは想像をはるかに超える発想です。

外部の専門家として記事にコメントしたマサチューセッツ大学ボストン校のアルバート・カオ氏も、「自分では思いつかなかったが、説明されてみると筋が通っている」と評価しています。医学分野でもマクロファージは重要な研究対象であり、こうした「ありふれた細胞」の意外な役割が、医学だけでなく行動学にも広がってくる時代になっています。

私たちが当たり前に思っている内臓のひとつひとつが、まだ知られていない働きを持っているかもしれない。今回の発見は、生き物の体を見るときの解像度を一段上げてくれる視点を与えてくれます。

まだ残る課題と他の動物への広がり

ただし、今回の結果がそのまま「ハトのナビの正体は決まり」とは言えません。論文に添えられた解説でも、獣医病理学者と生物学者が「磁場を感じる仕組みは一つではない可能性がある」と指摘しています。長距離の移動と、目的地に正確にたどり着く場面とで、別々の仕組みを使っている可能性もあるとのことです。

実際、似たような免疫細胞はくちばし脾臓にも見つかっており、肝臓だけが特別とは限りません。今後の課題として次のような点が挙げられます。

  • ハト以外の鳥や哺乳類でも同じ仕組みが働いているかの確認
  • 細胞から脳へどんな経路で信号が伝わるかの解明
  • マクロファージ以外の感覚の仕組みとの分担関係の整理

研究チームは、マウスのような哺乳類でも似た磁気コンパスが働いているかもしれないと考えています。鳥や魚に限らず、私たち自身を含む動物の体には、まだ気づかれていないコンパスが隠れているのかもしれません。

公園のハトを見る目が少し変わる発見

普段、駅前や公園でなにげなく見かけているハト。彼らの体の中では、地球の磁場を感じ取るための想像もつかない仕組みが、もしかしたら今この瞬間も働いているのかもしれません。今回の研究はまだ「最終的な答え」ではなく、新しい仮説の出発点です。それでも、100年来の謎に迫る手がかりが一つ加わりました。次にハトを見かけたとき、その小さな体の中に潜むコンパスのことを、ほんの少し想像してみてはいかがでしょうか。