夏休みに望遠鏡で木星をのぞくと、その横にちょこちょこと小さな点が並んでいるのが見えます。ガリレオが400年以上前に発見した「ガリレオ衛星」と呼ばれる木星の主要な月たちです。当たり前のように寄り添うこの衛星たちが、実はとてもあやうい綱渡りの末に今そこにある、という研究が発表されました。米Space.comが報じた「失われた惑星が木星と天王星に衛星を与えたかもしれない」は、太陽系誕生から約10億年以内のどこかで「もう一つの氷の巨大惑星」が存在し、その後、重力相互作用によって太陽系外へ弾き飛ばされたという驚きの説を紹介しています。今回はこの研究の中身と、私たちが暮らす太陽系の意外な姿を読み解きます。
巨大惑星の「お引っ越し」と衛星の運命
太陽系の歴史を語るうえで欠かせないのが、巨大惑星の大移動という考え方です。今から30〜40億年前、木星や土星、天王星、海王星はいまより太陽に近く、互いにも近い軌道を回っていたと考えられています。それが互いの重力をやり取りしながら、段階的に現在の軌道へ移っていったとされています。
問題はこの移動の最中に、巨大惑星のまわりを回る衛星たちがどうなったかです。重力のバランスが大きく揺らげば、月たちはあっけなく外へ弾き飛ばされてしまいます。木星のガリレオ衛星や、天王星の主要な5つの衛星が今もそのまま残っているのは、実は当たり前ではないというわけです。
この衛星の生き残り問題は、長年の惑星科学上の課題のひとつでした。詳しい背景は巨大惑星移動を説明するニースモデルなど、いくつかの理論で議論されてきました。
122通りの太陽系を作って分かったこと
今回研究を率いたのは、米ジョンズ・ホプキンス大学の惑星科学者マシュー・クレメント氏らのチームです。論文は惑星科学の専門誌Icarus(イカルス)誌に掲載されました。
研究チームはコンピュータの中で122通りの初期太陽系を組み立て、それぞれをまるで時間を早送りするように動かしました。惑星の数や初期の位置、カイパーベルトと呼ばれる外側の小天体の量などを少しずつ変えながら、衛星がそのまま残るかどうかを丁寧に追いかけたのです。
結果は衝撃的でした。
- 木星の衛星が現在のまま生き残ったシナリオは全体の15%未満
- 天王星の衛星にいたってはわずか9%程度
- 木星と天王星の衛星が同時に残った確率は約1%にとどまり、該当したのは2シナリオだけ
つまり、現在の太陽系のように両方の惑星が衛星をしっかり抱えたまま落ち着く、というのはかなり珍しい結末だったというわけです。
静かに消えた「5番目の巨大惑星」
両方の衛星が同時に残った数少ないシナリオに共通する要素として、研究チームは興味深い可能性を示しました。初期の太陽系には、いまの4つの巨大惑星に加えてもう一つ氷の巨大惑星があった、というアイデアです。
このシナリオでは、木星が移動する途中で、5番目の氷の巨大惑星へ約690万kmまで接近します。距離690万kmといえば、地球と月の距離(約38万km)の約18倍、つまり20倍弱の近さです。巨大惑星どうしがこれだけ接近すると、その重力差はとてつもなく大きく、片方が太陽系の外へ弾き飛ばされてしまいます。
ここで弾かれたのが、件の5番目の惑星でした。論文の表現を借りれば、その惑星はおそらく今もどこかの星間空間を冷たく孤独に漂っていると見られます。第5の氷の巨大惑星が存在したことで、残った4つの巨大惑星の移動経路がわずかに変わり、天王星がほかの巨大惑星に何度も接近する事態を避けられた可能性があります。その結果、衛星たちも完全には振り落とされずに済んだ、という筋書きです。
記者の視点:太陽系という「あり得なさ」の上に立つ私たち
今回の研究のおもしろいところは、過去の太陽系にもう一つの巨大惑星を仮定するだけでなく、「私たちの太陽系が極めて運の良い結果として今ここにある」と指摘していることです。クレメント氏らは、現在の太陽系について「あまり起こりそうにない不安定性の結末から生まれた」と表現しています。
ここから見えてくるのは、ふたつの示唆です。ひとつは、太陽系外で次々と見つかっている系外惑星系の多様さの説明にもつながる点です。ガス巨星が灼熱の軌道を回るホットジュピターや、地球サイズの惑星が密集した系などがすでに見つかっていますが、これらは「不安定性の結末」のちがいで生まれた、もうひとつの可能性なのかもしれません。
もうひとつは、月や衛星のような小さな天体が、惑星の歴史を読み解く重要な手がかりになる点です。日本の探査機「はやぶさ2」や、JAXAが進める火星衛星探査計画MMXのように、衛星から太陽系の昔をのぞき込む取り組みは、今後さらに重みを増していくはずです。
失われた「兄弟惑星」を探す時代へ
5番目の氷の巨大惑星が本当に存在し、いまも星間空間を漂っているとすれば、その痕跡をどう探るかも今後の興味深い問いになります。近年は太陽系の外から飛来した小惑星「オウムアムア」のような、星間天体の観測技術も進んでいます。
夜空を見上げて木星や土星に親しむとき、その輪や衛星の向こうに、姿を消した「兄弟」の影があったかもしれない、と想像してみるのも一興です。当たり前に思える太陽系の景色が、実は何度もの綱渡りの末に生まれた一枚絵だと考えると、星空の見え方が少し変わってくるはずです。
